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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>ホテル日本閣殺人事件</title>
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				<updated>2016-10-13T01:20:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;126.15.187.89: /* 裁判・その後 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ホテル日本閣殺人事件'''（ほてるにほんかくさつじんじけん）は、[[1960年]]から[[1961年]]にかけて[[栃木県]]の[[塩原温泉郷]]にあった「ホテル日本閣」の経営者夫婦が殺害された[[殺人事件]]。同ホテルの共同経営者の女・小林カウ（1908 - 1970）と雑用係の男の犯行だった。小林カウは[[1970年]]に[[死刑]]が執行され、戦後初の女性への死刑執行となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の経過 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ちから第一の殺人 ===&lt;br /&gt;
[[1908年]]、小林カウは[[埼玉県]][[大里郡]][[玉井村]]（現・[[熊谷市]]）の農家に7人兄弟の5番目の次女として生まれた&amp;lt;ref&amp;gt;[[玉川しんめい]]「戦後女性犯罪史」（[[東京法経学院出版]]）では8人兄弟となっている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。小学校を4年で終えて、5年ほど家事を手伝ったのち、[[東京]]・[[本郷]]の[[旅館]]に[[女中]][[奉公]]に出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1930年]]、22歳の時、姉の口利きで林秀之助（当時27歳）という男と[[見合い]][[結婚]]したが、林秀之助はいくつも持病を抱えていた。2人は熊谷市内で[[雑貨]]屋を営んでいたが、そのうち経営が悪化、2人は東京近辺を転々としてまわった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
終戦後、2人は熊谷で[[自転車]]の[[タイヤ]]の[[ブローカー]]を始めた。またカウは[[内職]]を始めたほか、[[観光地]]向けの土産物製造卸売りを始め、病気がちな夫に代わり生計を支えた。この頃からKは金を稼ぐ楽しさを知ると共に、品物を仕入れる際には代金の替わりに自分の体を提供するなど[[好色]]の面も芽生えていた。商才を開花させて金を溜め込むうちに物欲は膨らむ一方だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この頃、小林カウは近くの[[交番]]に勤務する[[巡査]]・中村又一郎（当時25歳）と知り合い、恋仲になった。独身ですらりとした中村又一郎と関係を重ねるカウは、彼と一緒になりたいと考えるようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中、[[1952年]][[10月2日]]、秀之助が突然異様な唸り声をあげて急死した。その声に驚いた隣人が駆けつけると、カウは秀之助の死に顔を撫でていたという。秀之助のかかりつけだった医師は、[[保健所]]の医師立会いの元で[[脳出血]]と診断した。2人はたびたび派手な喧嘩をしていたことから、近所でもその死を疑う噂が流れたが、病死と断定され[[捜査]]は打ち切られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、カウは中村又一郎と自宅で同棲を始めるが、中村又一郎は以前からの素行の悪さを理由に[[11月]]に[[懲戒免職]]となってしまう。カウは翌年、中村又一郎の家に移り同棲を続けたが、その関係は2年で終結した。中村又一郎は母親ほども年の離れたカウに嫌気がさしたのか、彼女を追い出して若い娘と[[結婚]]した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、カウは姉の家が経営している[[漬け物|辛子漬け]]の[[卸売]]を受け持った。積極的な気性もあって商売を順調に進めるKは近県の温泉地を訪れるうちに、[[1954年]]、[[栃木県]][[那須塩原市]]の[[塩原温泉郷]]に落ち着いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本閣事件 ===&lt;br /&gt;
カウは塩原の住人ともすぐ馴染みになり、商売も繁盛した。[[1956年]]の春、Kは町内の小店を一軒1年分の[[家賃]]を前払いして借り、物産店の商売を始めた。さらに翌年春には隣りの店を買いとって[[食堂]]を開き、姉夫婦に経営を任せた。両方の店の[[売上]]は伸びて[[預金]]や[[資産]]も増え、[[土地]]も買えるほどになっていった。しかし、Kはさらに[[温泉宿]]を所有したいという野心を持つようになっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1958年]]秋、カウは「ホテル日本閣」が安値で売りに出ていることを知る。「ホテル日本閣」は名前こそ立派だったが、三流の小さな[[旅館]]だった。この日本閣が経営不振により300‐400万円で売却されるというもので、Kは早速主人のAと交渉したが、彼はKに売る気がなく、話はいったん立ち消えた。しかし、翌年になって経営がさらに苦しくなると、Aはすぐにカウに[[融資]]をもちかけてきた。この時の条件は、B（Aの妻）に対する手切れ金50万円を出してくれれば、後妻に迎えてやるというものだった。しかし、カウが手切れ金を30万円に下げたところ、Bは50万円を譲らなかった。そこで手切れ金を出すのが惜しいと考えたカウはBの殺害を決めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]]1月中旬、カウは日本閣の雑用係をしていたO（当時36歳）にB殺害を命じた。KはOに「手間賃2万円、成功したら抱いてやる」と言って手をとり股にはさんで誘惑したという。[[2月8日]]夜、Oはひとり寝ていたBを麻紐で[[絞殺]]した。[[遺体]]はOがさらに手間賃1万円を受けとって、元[[ボイラー]]室の[[土間]]に埋めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしこの後、町では「Bは殺された」という[[噂]]が流れ始めた。噂を聞いたカウはOに命じてボイラー室の床を[[コンクリート]]で塗り固めた。すると今度は「ボイラー室に埋められている」という噂が流れた。3月中旬、カウ・O・Aの3人はコンクリートの床を再び掘り返し、遺体を裏の林の中に運んで埋めなおした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、[[1960年]]の[[12月31日]]、今度はAがカウとOにより殺害される。KがB殺害直後、[[登記所]]に行ってみると、自分の名義になっているはずの新館が旧館とともに近々[[競売]]にかけられることになっていることが分かったからである。増築などで200万円ほど注ぎ込んでいたカウはこの裏切り行為に怒り、Aの殺害を決めた。今度は[[報酬]]と日本閣の亭主というエサでOを釣った。当初は[[毒#利用|毒殺]]を計画し、12月中旬、[[塩酸]]をAの[[食事]]や[[酒]]に混ぜたが、味がきつすぎたのか吐き出して失敗した。そこで次なる計画を立て、大晦日の午後5時過ぎ、カウは[[夕食]]の仕度で[[台所]]に立つふりをして忍び足で戻ると、背後から帳場の[[炬燵]]で寝ていたAの首を細紐で絞めた。そこへOがAに飛びかかって押し倒し、さらにKが差し出した[[包丁]]を必死に抵抗するAの首に刺し、とどめをさした。翌[[1961年]][[1月1日]]、[[年賀]]の客がやってくると、カウは「Aは[[東京]]に金策に行きました」と話していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、Aの殺害後、町では「Aはカウに殺された」という、前よりもまことしやかな噂が流れた。ついに新聞もAとBの失踪を取り上げ、[[警察]]も動き出した。[[2月19日]]、KとOは[[逮捕]]された。カウは2人の殺害だけでなく、かつてNと[[共謀]]して夫Hを[[青酸カリ]]で毒殺したことも[[自白]]した。これによりNも逮捕された。Kは逮捕後も男好きの病気は治らず、取調官に「死刑だけはかんにんしてね」と愛嬌をこめて言うなどして誘惑していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 裁判・その後 ==&lt;br /&gt;
一審ではHの殺害については[[証拠]]がないとして[[無罪]]となり、カウにはAとBの殺人で[[死刑]]、Oには[[無期懲役]]、Nは[[銃刀法違反]]で[[懲役]]1年の[[判決]]が下った。しかし、[[検察]]側とカウが[[控訴]]した二審ではHの殺害も認定され、カウとOに死刑、Nは懲役10年の判決が下った。[[1966年]][[7月14日]]、[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]はKとOの[[上告]]を[[棄却]]し死刑が確定、またNは上告しなかったため二審での懲役10年の刑で確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1970年]][[6月11日]]、[[小菅]][[刑務所]]（現・[[東京拘置所]]）においてカウの死刑が執行された（Oも同日に死刑執行）。[[享年]]61。戦後の女性への死刑執行はこれが初のケースであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連作品 ==&lt;br /&gt;
* [[明治大正昭和 猟奇女犯罪史]] - [[オムニバス映画]]。本作の一編である「東洋閣事件」は本件をモチーフにしている。[[1969年]]制作。[[藤江リカ]]がカウをモデルにした主人公を演じた。&lt;br /&gt;
* [[天国の駅 HEAVEN STATION]] - 本件をモチーフに作られた映画。[[1984年]]制作。[[吉永小百合]]がカウをモデルにした主人公を演じた。Aは[[津川雅彦]]、Oは[[西田敏行]]、中村又一郎は[[三浦友和]]。&lt;br /&gt;
* [[Mr.サンデー]] 特別版・新証言＆極秘資料入手『 東京オリンピックと世紀の大犯罪』～追跡！封印された死刑囚たちの“正体”～　」CX系、2014年10月12日放送。K役は[[美保純]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=福田洋|authorlink=福田洋|title=現代殺人事件史|publisher=[[河出書房新社]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=山崎哲|authorlink=山崎哲|title=&amp;amp;lt;物語&amp;amp;gt;日本近代殺人史|publisher=[[春秋社]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=大貫大八|authorlink=大貫大八|title=ある裁判の断層―塩原日本閣事件の巻き添えをうけた元巡査の明暗―|publisher=[[落合書店]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=吉田和正|authorlink=吉田和正|title=誘う女 ドキュメント日本閣殺人事件|publisher=[[三一書房]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|editor=コアマガジン|title=実録戦後女性犯罪史 日本毒女たちの凶状録|publisher=[[コアマガジン]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=日高恒太朗|authorlink=日高恒太朗|title=江戸・明治・大正・昭和・平成 日本の女殺人犯101|publisher=[[笠倉出版社]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|editor=新人物往来社|title=別冊歴史読本 なぜ悪女なのか 毒婦と呼ばれた女たち}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|editor=日本犯罪心理研究会|editorlink=日本犯罪心理研究会|title=死刑囚の記録 明治・大正・昭和・百年の犯罪史|publisher=[[清風書房]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=玉川しんめい|authorlink=玉川しんめい|title=戦後女性犯罪史|publisher=[[東京法経学院出版]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=松村喜彦|authorlink=松村喜彦|title=悪女たちの昭和史|publisher=[[ライブ出版]]}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=草野唯雄|authorlink=草野唯雄|title=みなごろしの寺|publisher=[[双葉社]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://yabusaka.moo.jp/nihonkaku.htm 事件録1945→1979 ホテル日本閣事件]{{Ja icon}}&lt;br /&gt;
* [http://jikenshi.web.fc2.com/newpage31.htm 事件史探求 ホテル日本閣殺人事件]{{Ja icon}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{crime-stub}}&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:ほてるにほんかくさつしんしけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:1952年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:1960年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:1961年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代の殺人事件 (戦後)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のシリアルキラー]]&lt;br /&gt;
[[Category:那須塩原市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:塩原温泉郷]]&lt;br /&gt;
[[Category:逆転有罪事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで削除された記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>126.15.187.89</name></author>	</entry>

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