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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-06-01T12:52:33Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>http://34.219.76.139/mediawiki/index.php?title=JR%E7%A6%8F%E7%9F%A5%E5%B1%B1%E7%B7%9A%E8%84%B1%E7%B7%9A%E4%BA%8B%E6%95%85&amp;diff=42182</id>
		<title>JR福知山線脱線事故</title>
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				<updated>2008-11-15T08:08:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.163.188.201: /* コミュニティー */ *[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県たつの市（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;!--一部分鉄道の知識に特化した方でないと理解に苦しむ表現、またはこの事故と本当に関係があるのか疑われる記述があると思われます。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{観点}}&lt;br /&gt;
{{右|&lt;br /&gt;
[[画像:Fukuchiyama joko20051.jpg|thumb|250px|none|脱線した[[JR西日本207系電車|207系電車]]（[[伊丹駅 (JR西日本)|伊丹駅]]側から）]]&lt;br /&gt;
[[画像:Fukuchiyama joko20050.jpg|thumb|250px|none|停止した[[北近畿 (列車)|北近畿]]3号（尼崎駅側から）]]&lt;br /&gt;
[[画像:FukuchiyamaSen Jiko Map.png|thumb|none|250px|JR神戸線・福知山線の宝塚・尼崎付近路線図]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''JR福知山線脱線事故'''（-ふくちやませんだっせんじこ）は、[[2005年]][[4月25日]]午前9時18分頃、[[西日本旅客鉄道]]（JR西日本）[[福知山線|福知山線（JR宝塚線）]][[塚口駅 (JR西日本)|塚口]]～[[尼崎駅 (JR西日本)|尼崎駅]]間で発生、乗客106名・運転士1名の死者を出した[[列車脱線事故]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故[[列車]]は、塚口～尼崎駅間の曲線で脱線して先頭の2両が線路脇の[[マンション]]に激突した（[[#事故詳細|事故詳細]]の節で詳述）。また、この列車は始発駅の宝塚駅における[[回送#送り込み列車|送り込み回送]]の際にATS（[[自動列車停止装置]]）が作動して緊急停止していたほかに、事故現場直前の停車駅である[[伊丹駅 (JR西日本)|伊丹駅]]においてもオーバーランによる停車位置通過を起こしていたことから、他の[[鉄道路線|路線]]や[[鉄道事業者]]&amp;lt;!--←公営もあるので「鉄道会社」は不適切--&amp;gt;において事故後に発生した列車のオーバーランについても大きくクローズアップされた。さらに、JR西日本が事故当日に行った発表の中で[[線路 (鉄道)|線路]]上への置き石による脱線の可能性を示唆したことから、愉快犯による線路上への置き石や[[自転車]]などの障害物を置くといった悪質ないたずらも相次いで起こった。それ以外にも、事故に便乗した[[犯罪]]が発生している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報道では事故を起こした路線名の表記が分かれた。[[朝日新聞]]と[[神戸新聞]]、[[サンテレビジョン|サンテレビ]]は「JR宝塚線」の愛称を使用しているが、それ以外の[[マスメディア]]では正式名称の「福知山線」を使用している。このことや発生した現場の地名により「JR宝塚線脱線事故」・「尼崎事故」・「尼崎脱線事故」と呼称されている場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事故詳細 ==&amp;lt;!--一部分鉄道の知識に特化した方でないと理解に苦しむ表現、またはこの事故と本当に関係があるのか疑われる記述があると思われます。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
事故は、9時18分（事故調調べ）頃、[[兵庫県]][[尼崎市]]のJR福知山線の半径300mの右カーブ区間（&amp;lt;ref&amp;gt;{{ウィキ座標世界日本|34|44|28.77|N|135|25|35.19|E|scale:30000}}&amp;lt;/ref&amp;gt;塚口駅の南約1km・尼崎駅の手前約1.4km地点）で発生した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故列車は、[[宝塚駅|宝塚]]発[[片町線|片町線（学研都市線）]][[同志社前駅|同志社前]]行の上り[[快速列車|快速電車]]（&amp;lt;!--[[列車番号]]5418M・--&amp;gt;7両編成）で列車の前5両が脱線する。先頭の2両においては線路脇の9階建てマンションに激突して原形を留めない形で大破した。列車には事故発生時に周辺の列車に対して非常事態を知らせるための[[列車防護無線装置]]が搭載されていたものの脱線によって電力の供給が絶たれた事によって当該列車車掌の操作した防護無線は動作しなかった。そのような事態に備えていたはずの予備電源への切り替えも手動による操作が必要であることを乗務員に周知を徹底されていなかったので、結局、事故列車からの防護無線は発報されずに終わっている。その頃、並行する下り線には[[新大阪駅|新大阪]]発[[城崎温泉駅|城崎温泉]]行きの特急が接近中であったが、事故を目撃した近隣住民の機転により近くの[[踏切]]の非常ボタンが押されて[[鉄道信号#特殊信号発光機|特殊信号発光機]]が点灯したために運転士が異常を察知し、およそ、100m手前で停車して防護無線を発報したために二重事故という最悪の事態は回避される。&amp;lt;!--なお異常の察知については、前述以外にも、事故の土煙を見てとか、事故の衝撃で架線が揺れたことから運転士が異常を感じたためなどの諸説もあるが、非常ボタンを押した主婦が秋の叙勲で紅綬褒章を受けているため、事実としては確定したと思われる。--&amp;gt;この非常ボタンの押下のためか事故発生からしばらくのあいだJR西日本は駅構内などにおいて「踏切事故」との案内を繰り返していた。電車が衝突した地点の架線柱も走行していた線路とは逆側での片持ち式であったために架線柱自体の倒壊が回避されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、現場のカーブは、上り線に関してはもともと直線区間だったが（マンションの前の道路が線路だった）、JR東西線開業に合わせて下り線と同じ経路に変更された。&lt;br /&gt;
{{右|&lt;br /&gt;
[[画像:JR-W 207series(old).JPG|thumb|none|250px|事故を起こした207系と同型の電車]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
事故当時、列車は前部の4両編成&amp;lt;!--車両の所属などは書く必要があるのでしょうか?（[[西日本旅客鉄道神戸支社|神戸支社]][[網干総合車両所明石品質管理センター]]（神ホシ）所属のZ16編成[[JR西日本207系電車#0番台|207系0番台]]・クハ207-17+モハ207-31+モハ206-17+クハ206-129）--&amp;gt;と、途中の片町線（学研都市線）[[京田辺駅]]で切離す予定であった3両編成&amp;lt;!--（網干総合車両所明石品質管理センター所属S18編成[[JR西日本207系電車#1000番台|207系1000番台]]・クモハ207-1033+サハ207-1019+クハ207-1033）--&amp;gt;を連結した7両編成で運転していた。前から1・4・5・7両目に、逐一に列車の運行状態を記録（非常ブレーキ作動の前後5秒間）する「モニター制御装置」の装備があり、[[航空・鉄道事故調査委員会]]が解析を行ったところ、前から5両目（後部3両編成の先頭車両）と7両目に108km/hの記録が表示されていた。&amp;lt;!--また、非常ブレーキの作動直前は、カーブ手前に設置されている70kmの速度制限標識がある所までのおよそ30mの間、126km/hは出ていたことが判明した。と報道されている--&amp;gt;ただし、これが直ちに脱線時の速度を示しているとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先頭車両が、脱線による急減速した影響で車列が折れて、容易に編成組み換えに対応できるようにボルトとナットを繋ぐだけの構造でできていた[[連結器]]部分において折り畳まれるような形になったために、玉突き状態となり被害が拡大したものとみられる。当時、事故車両の1両目は片輪走行で左に傾きながら架線柱に接触してそのまま直進、マンション脇の立体[[駐車場]]と同スペースの[[乗用車]]を巻き込みながら1階の駐車場部分へと突入して壁にも激突する。続く2両目も1両目と同じ片輪走行でマンションに車体側面から叩きつけられる状態に加えて3両目に追突されたことによって建物の角に巻きつくような形で大破した。3両目は2両目と4両目に引きずられる形になって上り方向（尼崎方面）を前後が逆になった状態で斜めに遮る様に停止する。4両目も3両目を挟むようにして下り方向（福知山方面）の線路と西側側道の半分を斜めに遮る状態でそれぞれ停止した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故発生当初は、事故車両の2両目部分が1両目部分であると誤認されていて1両目は発見されていなかった。後に、本来存在しているべき車両数と目視で確認できる車両数が一致しない、1両目の存在が確認できていなかったので運転台が無いと言われたことから捜索されて発見されるにいたる。&amp;lt;!--尼崎市災害対策本部による発表においては、事故発生から約8時間後の4月25日17時に発表された時点まで、マンションに列車の1両が衝突したものとして発表されていた。--列車の車両2両が衝突したとして訂正されたのは事故発生から約13時間後の4月25日22時30分の発表以降である。--&amp;gt;車両のうち、前部Z16編成の4両は事故当日に廃車手続きがとられている。救助作業は、駐車場周辺において[[ガソリン]]漏れが確認されたため、引火を避ける目的や被害者の安全のためにバーナーや電動カッターを用いることができずに難航した。また、3両目から順に車両を解体する作業を伴い、昼夜を問わず24時間続けられて3日後の4月28日に終了した。正確な乗客数も都市圏と都市近郊を結ぶ通勤列車であったことから確定できずにいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現場の半径300mの曲線区間の制限速度も事故後に70km/hから60km/hに、曲線区間にさしかかる手前の直線区間での制限速度は120km/hから95km/hにそれぞれ変更されている。&amp;lt;!--なお、これはカーブ区間においては、国土交通省令における制限速度算式での300R97Cの制限74km/h台を5km/h単位に丸めて制定したものである。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害 ===&lt;br /&gt;
住民への二次的被害はなかったものの、直接的な事故の犠牲者は、死者107名（運転士含む）、負傷者562名を出す未曾有の大惨事となった。なお、犠牲者の多くは1両目と2両目で発生している。運転士は圧死、乗客の死因の4割が頭部損傷によるもので[[窒息]]や多発外傷・[[挫滅症候群]]（クラッシュ症候群）も確認されている。死亡者の数において、JR発足後としては[[1991年]]の[[信楽高原鐵道列車衝突事故]]（死者42名）を抜いて過去最大となり、また鉄道事故全般からみても、[[戦後]]に発生したものでは[[桜木町事故]]の106人を上回って[[八高線]]の[[鉄道事故#八高線列車脱線転覆事故|脱線転覆事故]]（184名）・[[鶴見事故]]（161名）・[[三河島事故]]（160名）に次いで4番目。戦前・戦中を含めても史上7番目（[[関東大震災]]の時の[[根府川駅]]被災（112名）を含む）の甚大な被害を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後に、事故では負傷しなかった同列車の乗客やマンション住人、救助作業に参加した周辺住民なども[[心的外傷後ストレス障害]]（PTSD）を発症するなど大きな影響を及ぼした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マンションには47世帯が居住していたが、倒壊の可能性を考慮してJR西日本の用意したホテルなどへ避難した。その後も2世帯が残っていたが、同年8月上旬までに順次マンションを離れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 対応 ===&amp;lt;!--企業名を出す必要は無いと思います--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[阪神・淡路大震災]]（[[兵庫県南部地震]]）の経験が生かされて迅速な対応が行われた。事故発生当時、いち早く現場へ駆けつけて救助にあたったのは近隣の住民や企業であり、&amp;lt;!--[[日本スピンドル]]などの--&amp;gt;駆けつけた企業の中には、工場の操業を一時停止して参加した所もあった。負傷者の半数近くは近隣の人々や企業が[[医療機関]]に搬送しており、震災当時にみられた[[ボランティア]]の精神が生かされている。後に、救助・救援活動の功績を讃えて、2005年7月に76企業・団体と1個人に対して国から感謝状が、8月には48企業・団体と34個人に対して[[兵庫県警察|兵庫県警]]から感謝状が、9月には32企業・団体と30個人に対して尼崎市から感謝状がそれぞれ授与された。また、11月には自社の業務を全て停止させ、救助活動・敷地内を活動拠点の1つとして救助に当たった企業と二次災害回避のため線路内に入って対向列車に異常を知らせた1個人に対して[[褒章|紅綬褒章]]が授与された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[救急医療]]関係者が事故現場周辺に展開して大量の負傷者が発生した場合の[[トリアージ]]を実施している。事故から約2時間後には、尼崎市により事故現場の至近にある中学校が開放され避難所として利用されたほか、緊急車両の待機場や消防防災ヘリコプターの臨時ヘリポートとして活用された。兵庫県は[[緊急消防援助隊]]の応援要請、[[広域緊急援助隊]]の出動要請、現場に近い伊丹に駐屯する[[陸上自衛隊]][[第3師団 (陸上自衛隊)|第3師団]]への[[災害派遣]]要請をそれぞれ行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 救急搬送 ====&lt;br /&gt;
[[日本の消防#消防広域応援|広域消防相互応援協定]]により、複数自治体から応援があった一方で、負傷者の搬送先はそのほとんどが兵庫県下の病院となった。尼崎市と隣接する[[大阪府]]への搬送は転院が中心であり、直接の搬送は数件にとどまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 航空・鉄道事故調査委員会による原因の特定 ==&lt;br /&gt;
航空・鉄道事故調査委員会は、[[2006年]]12月20日、事故の原因は「運転士が無線の会話に気を取られ、ブレーキ操作が遅れて70km/h制限の右カーブに116km/hで進入したため」とする事実調査報告提案書を公表した。事実関係の記述だけで300ページ超と[[日本航空123便墜落事故|日航機墜落事故]]報告書を上回り、加えてJR西日本の社内体質の問題にも踏み込んでおり、日本の事故調査報告書としては過去最大の分量となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故調は、JR西日本側の反論などを聞く公聴会を開いたあと、再度、事故調査報告書案を提出して受理されたうえで2007年2月に最終報告書をまとめた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 脱線の原因 ===&lt;br /&gt;
伊丹駅を午前9時16分ごろに出発したのち、70km/h制限の現場右カーブ（半径304m）に116km/hで進入した。この際、運転士はカーブ進入直後に常用ブレーキ1段目、さらに3～4段目を約0.2秒、5段目を約0.8秒、6段目を約0.2秒、7段目を約2.4秒使用して105km/hに減速した段階で最大の8段目を使用している。しかし、このときにはすでに右側車輪が[[遠心力]]で宙に浮いた状態になり、9時18分54秒ごろ1両目が左へ転倒するように脱線。続いて2～5両目が脱線した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故後の状態において、レバーが非常ブレーキの位置に入っていたが走行中において非常ブレーキを操作した形跡がなかったために、これは事故の衝撃によりブレーキレバーが動いたものとみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現場カーブの転覆限界速度について、JR西日本は当初133km/hとの数字を公表するもののこれも空車の状態で横揺れを考慮しないものであった。事故調は、現場と同じ半径304mの右曲線で当時と同じ1両目93人、2両目133人乗車としてシミュレーションを重ねた結果、列車の横揺れも考慮した場合、転覆限界速度は106km/hであったと判定。事故は単純な速度超過による横転脱線と結論づけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 運転士の行動 ===&lt;br /&gt;
事故調は、当初から運転士の心理が大きく影響した可能性に注目している。報告書でも、運転士と車掌の当日の行動について詳細に記述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
運転士は前日の勤務を終えた後、[[放出]]派出所（[[東大阪市]]）で宿泊し、2005年4月25日午前6時8分に点呼を受けて乗務を開始。8時31分、事故車となる尼崎発宝塚行き回送電車に乗務した。&lt;br /&gt;
# 8時54分、宝塚駅構内の[[分岐器]]（40km/h制限）に65km/hで進入して、ATS（自動列車停止装置）による非常ブレーキでホーム手前に停車する。番線を勘違いした可能性もある。再出発後に再びATSで停車する。&lt;br /&gt;
# 進行方向転換のため速やかに反対側の運転席に移動すべきところを、平均の3倍近い2分50秒も車内にとどまる。交代のために来た車掌は外で待たされていたが、運転士は何をするわけでもなく憮然としていた。&lt;br /&gt;
# ようやく外に出てきた運転士に車掌が「P（ATS-P）で止まったん?」と聞くが、無視する。&lt;br /&gt;
# 電車の再起動の際、試験無線ボタンを特殊操作（車掌と総合司令所の会話を聞けるようになる裏技として運転士の間で知られていた）宝塚駅構内でのATS作動は報告義務があるため、車掌が総合司令所に報告する内容を聞こうとした可能性がある。&lt;br /&gt;
# 同志社前行き快速列車として15秒遅れの9時4分00秒に宝塚駅を出発。&lt;br /&gt;
# 伊丹駅の停車位置の643m手前を113km/hで走行中、ATSの停車ボイス機能「停車です・停車です」が発動するがそのまま走行。468m手前では2度目の警告音声「停車・停車」が発動し、ブレーキ操作をするものの所定の位置を通過する。72mオーバーラン。&lt;br /&gt;
# 伊丹駅を1分20秒遅れの9時16分10秒に発車。124～125km/hまで加速したのち惰性運転。&lt;br /&gt;
# 車掌が「次は尼崎」とアナウンスを始めた際、車内電話で「まけてくれへんか」と依頼。それに対して、車掌が「大分と行っとるで?」と返答しかけたとき乗客が窓を叩いてオーバーランのお詫び放送を要求したために会話が中断する。 &lt;br /&gt;
# お詫び放送の後、9時18分、車掌が総合司令所を列車無線で呼び出し、オーバーランの報告を始める。このとき2段目ブレーキがわずかに使用される。&lt;br /&gt;
# 車掌「えー、行き過ぎですけれども、およそ8m行きすぎて…」この言葉の間にブレーキ開始の目安となる名神高速道路の高架橋下を通過するがブレーキ操作はなし。&lt;br /&gt;
# 車掌と総合司令所との会話が事故現場のカーブまで続く。&lt;br /&gt;
# 総合司令所が「それでは替わりまして、（事故列車の）運転士応答できますか」と呼びかける。&lt;br /&gt;
# 同時刻、列車が事故現場のカーブに116km/hで侵入。初めてブレーキ操作を始めるが脱線する。&lt;br /&gt;
運転士は、遺体発見当時、右の手袋を外してビニールケースにも書ける特殊な赤鉛筆を取り出していた。また、運転士は特殊な無線操作をして車掌の会話を「盗み聞き」しており、無線通話が始まってから事故現場のカーブにさしかかるまでの約40秒間、一切の運転操作が行われていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらのことから、事故調は運転士が車掌の報告と矛盾しないように通話内容をメモしようとしていたと推定。このため、本来ブレーキをかけるべき地点の名神高速高架橋にさしかかってもブレーキ操作を全く行わなかったと結論づけた。さらに、「運転士は電車が傾いた後も慌てることなく普段の運転時よりも少し傾いてるように見えた」という乗客の証言から運転士は事故の瞬間まで危険を認識していなかったとされる意見もある。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 当初疑われた原因 ==&amp;lt;!--一部分鉄道の知識に特化した方でないと理解に苦しむ表現、またはこの事故と本当に関係があるのか疑われる記述があると思われます。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
=== 乗用車衝突説===&lt;br /&gt;
事故発生当初は、現場に大破した乗用車の存在と列車の脱線の事実のみが伝わったことから「踏切内で乗用車と列車が衝突し、列車が脱線した」との憶測が飛び交うなど情報が錯綜した。そして、JR西日本が当初「踏切内での乗用車との衝突事故」と発表したために、報道各社はこのJR西日本の発表を流した。&amp;lt;!--報道機関によっては事故車両に記者などの関係者が乗車しており、その証言を''特ダネ''的に中継した。ヘリコプターを飛ばした現場からの空撮の映像では乗用車との衝突とは考えにくい映像であるのにも関わらず独自の見解を伝える姿勢を持たずにJR西日本の発表を流し続けた。現場の目撃者に「事故車両と乗用車とはどのように衝突したのか?」と言う誘導的な質問をする姿勢が見受けられた。現場の映像・証言等からも明らかに乗用車との衝突事故とは考えにくいのに、事件発生から2時間後の警察発表まで表現を変える事はなかった。--&amp;gt;また、この乗用車が線路上に放置されたものとして、所有者を探し出して事故を起こしたことについて責任を問詰めよる記者もいた。しかし、塚口駅から同列車が脱線した地点までの区間に踏切は1つも存在していなく、また、乗用車が近隣の建造物や立体駐車スペースから線路内へと落下した痕跡も確認されなかったことから否定されるにいたる。報道各社は、JRが発表しているとの理由でテロップや配信ニュースでは乗用車との衝突事故との表現が続けられて、乗用車との衝突が否定された後も誤った情報を流しつづけた事をすぐに説明しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 線路置石説 ===&lt;br /&gt;
JR西日本は、事故発生から約6時間後の25日15時の記者会見の中で「粉砕痕」の写真を報道機関に見せるなどして「[[列車往来危険|置石]]」による事故を示唆した。しかし、事故列車の直前に大阪方面へ向かう特急が通過するなど列車の往来が激しい区間であることや、当初、「置石」があった証拠として挙げられたレール上の「粉砕痕」は、航空・鉄道事故調査委員会の調査結果でその成分が現場のバラスト（敷石）と一致して「脱線車両が巻き上げたバラストを、後部車両が踏んで出来たものと考えるのが自然である」との見解が出されたことによってこの説は否定された。また、JR西日本の置石説発表後に[[国土交通省]]が置石説を否定する発言を行ったためにJR西日本も置石説を撤回する発言を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この発表による[[模倣犯]]も発生している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
粉砕痕そのものへは事故調も関心を寄せており、2006年2月17日に[[茨城県]][[つくば市]]の[[日本自動車研究所]]で再現実験を行なっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 列車速度超過説 ===&lt;br /&gt;
速度の記録から現場の制限速度を大幅に越えた走行をしていたことが判明している。また、事故直前の列車速度が事故現場のカーブにおける転覆限界の105km/h～110km/hを超えていた可能性も存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事故を起こした列車は、直前の停車駅である伊丹駅で約70mオーバーランしたために伊丹駅を1分30秒（異説あり）遅れで発車していた。また、始発の宝塚駅や次の停車駅である川西池田駅に入線する際にも、それぞれ停止位置を間違える等、極めて不自然な運転を繰り返していたことも判明している。運転士がその遅れを取り戻そうとして制限速度を越えた可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現場のカーブは前述の通り半径300メートルで制限速度は70km/h。しかし、事故当時、列車は116km/hで進入、脱線したとされる記録では最低108km/h出ている。当該線区に設置されていた[[自動列車停止装置#改良形ATS（Sx形）|自動列車停止装置（ATS-SW）]] はJR西日本管内では最も古いタイプであった為、これがあたかも事故を防げなかった原因であるかのような報道がされ続けていたが、これは誤報である。「新型ATS」である[[自動列車停止装置#P形（パターン形）|自動列車停止装置（ATS-P）]]でなくとも、[[速度照査]]用の地上子等を設置すれば速度照査機能の付加はATS-SWでも可能であり「旧型ATS」が直ちに事故原因になったものではない。ATS-SWは、旧式のATS-S型に速度照査機能を加えて大幅に改良したものであり、速度超過を事例に絞れば、“SW型”が非常ブレーキで列車を停止させてしまうに対して“P型”では常用最大ブレーキで減速し設定速度を下回ると自緩するの違いだけである。ATS-SW型は過密線区に向かないものの当該線は&amp;lt;!--閉塞信号が3現示で事足りていて--&amp;gt;過密線区とは言えない。&amp;lt;!--為、ATS-SW型で十分であったと言えよう--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
速度超過から脱線に至る原因は、せり上がり脱線説と横転脱線説の大きく2つの説があったが、初期の調査の結果、レールの傷跡から最大の原因は後者であると断定された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
詳しい事故のメカニズムについては調査が終了している段階で、当時、事故の要因としては上記のものを含めていくつかの説が考えられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 非常ブレーキ説 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 原因確定後も異説の一つとして参考のため消さずに残したほうがよいかと --&amp;gt;&lt;br /&gt;
カーブ通過中に運転士が非常ブレーキをかけて車輪が滑走した場合、車輪フランジの機能が低下して脱線に至る可能性が大きいという説があり、当初、非常ブレーキを掛けなければ脱線および横転の可能性は少なかったといわれた。&lt;br /&gt;
のちの解析の結果、運転士はカーブ進入後車体が傾きだしていたにもかかわらず常用ブレーキを使用していたことが判明。非常ブレーキは脱線・衝突の衝撃で連結器が破損したことによって作動していた。（走行中に連結器が開放されると非常ブレーキが自動的に作動する構造となっている）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--非常ブレーキ原因説はほぼ否定されているのでありますが、ブレーキの掛かり具合に一定の範囲で相違が生じる（同形式でも、しいて言えば車両ごと。）のは事実であり削除するのは中立的な観点から問題があるとも思えますので断定的な表現のみを修正するに留めておきたいと思います --&amp;gt;また、それ以前に運転士が数回にわたって非常ブレーキを掛けていた原因は、車両のブレーキの掛かり方の違いによるものであるという見方もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== せり上がり脱線説 ====&lt;br /&gt;
運転士がカーブ手前でそれに気づいて非常ブレーキをかけたために（後に否定される）車輪の[[フランジ]]とレールとの間で非常に強い摩擦力が起き、「せり上がり脱線」が起こり事故にいたったという見方もある。しかしながら、通常のせり上がり脱線が発生するためには、車輪に非常に高い横圧がかかることが必要で現場の半径300メートルのカーブ程度では通常は考えにくい。&amp;lt;!--通常では無い状態であったゆえに事故が発生したと思われます。カーブ通過中の横圧の発生には遠心力の影響が大きいことは想像に難く無いことと思います。 遠心力=質量×速度の2乗÷半径 の式が表すように、速度は二乗で乗算されるため、いつもの車輌、いつものカーブでも、通貨速度が少し上がっただけで外向きの力は、それこそ二次曲線的に大きくなります。だから、競上がる前に横転します。この速度では競上がりは脱線の単独原因にはなり得ません。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、現場の枕木に残された走行痕からせり上がり脱線（乗り上がり脱線）も同時に起きていたのではないかと考えられている。転覆に至る過程において車軸が傾いたことによってレールに対する実効フランジ高が減少して比較的低い横圧でもせり上がり、それが副次的要因となって脱線に至ったのではないかというものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- またオーバーランした事について、事故が起きる前に運転士と車掌が約60メートルオーバーランを、8メートルのオーバーランとするよう改ざん（偽証）しており、JR西日本も当初車掌の証言通り8メートルのオーバーランと発表していた。また、塚口駅通過時に、約1分遅れと伊丹駅発車後に比べて遅れを約30秒回復しているとの証言がある。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 横転脱線説 ====&lt;br /&gt;
速度超過の事実が知られていなかった初期の段階においては、上記に示したとおり「非常ブレーキ」の作動によって列車のバランスが崩れて進行方向（尼崎方面）向かって右側の車輪が浮き上がりそのまま左側に倒れ込んだ「横転脱線」ではないかとする見方があった。しかし、前述のとおり、乗務員が使用したのは「常用ブレーキ」であって「非常ブレーキ」が作動したのは脱線によって連結器が破損した後であると判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、非常ブレーキの使用は否定されたが、一方で、かなりの速度超過があったことが確実視されるようになり、カーブによる遠心力そのものによって横転が発生したとされるようになった。&amp;lt;!-- 2005年4月28日現在まで、この説が有力とされていた。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 油圧ダンパー（ヨーダンパ）故障説 ===&lt;br /&gt;
複数の乗客から「油のような臭いがした」「異常な揺れを感じた」との証言があり、事故発生直前に、車掌からも[[運転指令所|輸送指令]]に「（揺れがひどく）列車が脱線しそうだ」と無線連絡していたことから、[[新幹線]]などの高速車両にも搭載されている「[[蛇行動#ヨーダンパ|ヨーダンパ]]」が故障していたのではないかとの説がある。&amp;lt;br/&amp;gt;ヨーダンパとは、Z軸（地面に垂直な仮想軸）周りのモーメント&amp;lt;!--一部分鉄道の知識に特化した方でないと理解に苦しむ表現、またはこの事故と本当に関係があるのか疑われる記述があると思われます。--&amp;gt;を抑える方向（地面に水平）に配置されるダンパーのこと。&amp;lt;br/&amp;gt;鉄道車両の場合、[[台車]]の自由な回転による[[蛇行動]]を防ぐために装備される。構造（減衰の仕組み）は一般的なダンパー（主となるばねの伸び縮みする方向と同じ向きに取り付けられ、ばね運動を減衰させ、車体の不必要な動きを抑える。）と全く同じである。ヨーダンパの目的はあくまで台車蛇行動の抑制であるため、蛇行動のような加速度が大きく周期の短い動きには減衰力を発揮するが、曲線通過や分岐器通過のような加速度の比較的小さい動きには減衰力を抑え、回転運動に対する反力が発生させないような設定がなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異常があったのがヨーダンパではなく[[枕ばね]]のダンパであった場合、ロール（X軸 レール方向）とピッチ（Y軸 枕木方向）の押さえが利かずに、車輌の挙動に影響がでて「いつもより揺れが大きい」と感じられることは考えられる。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--いろいろな考え方があって良いと思うので残してあります。ただし、物理の法則はひとつしかありません。&lt;br /&gt;
油圧ダンパーの故障で[[空気バネ]]をうまく制御できなかった事により、直線区間で異常な揺れが発生して（油圧ダンパーや空気バネが正常であれば高速走行をしても極端な揺れなどは感じない）カーブに入ったときに「空気バネの跳ね返り現象」（油圧ダンパーが故障していたことにより、カーブ突入時に本来内側に傾いたままであるはずの車体がバネの跳ね返りで外側に傾いてしまう現象）が起こり、車体全体が外側に傾いていたときに、運転士の焦りから通常減速すべきカーブを減速しないで加わった強力な横の重力もあって転覆に至ったのではないかとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
油圧ダンパーが故障したとすると、空気バネの制御ができなくなるのと関連してブレーキの制動具合にかなりの影響を与えるという意見がある。つまり、乗客が多い場合と少ない場合で同じ位置に停止させようとすると、異なるブレーキ力を働かせなければならないのでその調整を空気バネの制御で行っているのである。今回の事故において空気バネの制御ができなくなっていたとするとブレーキの作動が非常に悪くなっていた可能性があることが専門家から指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、本来、油圧ダンパーと空気バネは独立したものであり、事故車両の207系自身、また類似構造の台車を履く他の車両も当初ヨーダンパを装備していなかったことから、ブレーキの効き具合にも直接の影響はないといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 睡眠時無呼吸症候群による居眠り説 ===&lt;br /&gt;
当初より、事故原因の一つとして[[睡眠時無呼吸症候群]]（SAS）による運転士の居眠りをあげる意見がある。JR西日本は当該運転士に対して行ったESS検査の結果から、SASの可能性を否定しており、事故調の事実調査報告提案書では取り上げられていない。JR西日本の報告は一般のSASの調査に比べてSAS該当者数が異常に少なく、調査の信頼性に問題がある」旨の報道（毎日新聞2007年1月5日）があり、SASの可能性が完全に払拭されたかどうかは定かではない。&amp;lt;!-- この節に入れるのが適当かどうかは自分でも疑問なのですが、といって新しい節を作るほどのこともないと思うのでここにおいておきます。このあとの報道をご存知の方がありましたら加筆してください。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事故の間接的要因 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--[[鉄道事故]]のページ用に執筆していた問題部分--&amp;gt;同事故においては多くの問題が指摘された。&amp;lt;!--※報道では過密ダイヤと言う文言が使われるが、他線に比べ過密と言われるようなダイヤではない。無論過疎的なダイヤでもないがJR福知山線の状況は「余裕の無いダイヤ」と表現した方が適切です。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== JR西日本の経営姿勢が抱える問題 ===&lt;br /&gt;
* [[戦前]]の[[鉄道省]]時代から、並行する関西私鉄各社との激しい競争に晒されている（全国的に見てもこの地域は競合する区間が特に多い）。その後の国鉄大阪鉄道管理局時代において[[新快速]]列車が登場するなど、競合する私鉄各社への対抗意識が強かった、民営化後はJR西日本社員の間でもその意識がさらに加速したといわれる。特に、事故直後は、会社による社員への懲罰的日勤教育の実情が報道され、日常的にストレスに晒されていた運転手が過密な運転スケジュールを解消するために無謀な運転をしていたことが判明している。&lt;br /&gt;
* 私鉄各社との競争に打ち勝つことを意識するあまり、ダイヤ上での余裕を切り詰めてスピードアップによる所要時間短縮や運転本数増加などの旅客に好感を与えるサービスや目の前の利益を優先した。会社が収益を追求するのは当然のことであるが、安全性を引き換えにすることは[[コンプライアンス]]の観点から許されない。安全対策については、個人の経験則に頼る方法を押し通して'''[[信頼性設計]]（[[フェイルセーフ]]・フールプルーフ）'''への投資を行わなかった点があるとみられる。&lt;br /&gt;
* 同社においては、先述の競争の激しさや長大路線を抱えているという点でダイヤが乱れた時における乗客からの苦情殺到をかなり恐れていたとの指摘もある。（悪天候などによる、鉄道会社の責任の範囲を超えるダイヤの乱れが発生した時でも乗客が駅員に文句を並べ立てる光景は全国各地で見られるが関西では特に厳しい）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 同社の安全設備投資に対する動きが鈍かった背景には、先述の私鉄各社とのサービス競争を優先させたほか、阪神・淡路大震災で一部の施設が全壊ないし半壊する等の被害を受けたり[[山陽新幹線]]の[[コンクリート]]崩落問題などで多額の支出を強いられたこと、[[東日本旅客鉄道]]（JR東日本）や[[東海旅客鉄道]]（JR東海）と比べてドル箱となる路線が少なかったこと、同社の赤字[[ローカル線]]において工事に伴う昼間時運休（JR東日本の場合と異なり、運休時の振替輸送や代替バスの手配はない）などが挙げられる。&lt;br /&gt;
:JR西日本の経営姿勢に関する問題については「民営化自体に問題があるのではなく、誤った方法で利益を上げようとしたJR西日本の体質が問題であって、これを改善していくことが今後の課題である」という見解はごく一部である。&lt;br /&gt;
=== ダイヤ面での問題 ===&lt;br /&gt;
* 事故発生路線のJR福知山線（JR宝塚線）においても、阪急電鉄の主要な複数の路線（[[阪急宝塚本線|宝塚本線]]・[[阪急神戸本線|神戸本線]]・[[阪急伊丹線|伊丹線]]）と競合しており、他の競合する路線対抗策と同様に秒単位での列車の定時運行を目標に掲げていたとされる。&lt;br /&gt;
* もともと、全体的に余裕の無いダイヤであったうえ停車駅が増加したのにも関わらず、秒単位では40秒ほど伸びているものの所要時間はダイヤ改正前と同じとなっていたために、制限速度を超えての運行と遅延が常態的であった。この区間だけではなく、かなり速いスピードで走行して停車駅直前で強くブレーキをかける方法が常態化していた。特に当該列車においては、他の時間の列車よりも速いダイヤ（時刻上、宝塚～尼崎間では福知山線の全ての快速列車の中で最速）で、事故発生区間である塚口～尼崎間でそれが顕著であった。また、事故調査委員会による運行データの分析により、宝塚駅を事故列車（当時宝塚9:03発）に先行して発車する新大阪行きの特急（当時宝塚9:02発）が、平均で約1分恒常的に遅延して運行されていたことが判明している。&lt;br /&gt;
* 基本的に、100km/hで通過していた駅を停車駅に含める場合は+1分30秒ほど加算される。&lt;br /&gt;
* 事故調委が全国のJR・私鉄・公営鉄道事業者のダイヤを調べたところ、余裕時間の無いダイヤを組んでいたのはJR西日本だけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 路線の設備での問題 ===&lt;br /&gt;
* 当該事故発生前は運行本数が多く、速度も比較的高い大都市近郊路線であるにもかかわらず、[[速度照査]]用の設備が設置されていなかった。ATS-SW形式でも、信号とは独立の速度照査機能を付加して必要箇所に地上子対を設置すれば速度超過に対する緊急停止機能が動作する。（これに関しては[[速度照査]]の記事を参照のこと） &lt;br /&gt;
* 過去の線路付け替えで曲線半径が小さくなった。マンション前は軌道敷地内であるが、この場所はもともと下り線のみの区間であって上り線は現場となったマンションを挟んだ東側にあった。その後、[[JR東西線]]との直通に対応した尼崎駅の改良に伴って、下り線に併設されていた尼崎市場への貨物線跡地等を利用する形で現在の上り線が敷設された。この時点で、新規開業区間であるJR東西線区間には新型ATSが設置されていたが福知山線においては付け替え区間を含めて設置されなかった。また、このカーブの福知山寄りには、前述のように名神高速の高架橋が存在していて橋桁が軌道を挟んでいるために、用地の問題があって容易に付け替えができなかった。このため線路付け替えが安全性を無視したものであったと批判したメディアがあったが完全な誤報で、半径300m程度のカーブは日本全国に無数に存在しており（元から最高速度が70km/h程度の地下鉄路線などでは速度面では直線同然であるともいえる）、このカーブ半径自体が危険といえるものではない（あくまで脱線は速度超過によるものであり、速度超過をシステム上防げなかったことが問題なのである）。&lt;br /&gt;
* カーブでの高速運転をするために[[カント (線路)|カント]]を付けるが、現場は緩和曲線長が短くて上限105mmより少ない97mmなのでその分制限速度が5キロ少ない。半径300メートルでカント105mm（上限値）では制限速度は75キロ。従前の「本則」では60km/h～65km/h。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 車両の問題 ===&amp;lt;!--自分が知っている鉄道とそれに関連した知識を発表する場ではありません。あくまでも事故車両における問題点を書く場です--&amp;gt;&lt;br /&gt;
==== メカニズム面 ====&lt;br /&gt;
* 207系7両編成の前4両と後ろ3両では、[[かご形三相誘導電動機|主電動機]]（モーター）の出力などの性能に微妙な差異がある（前4両は155kW・後ろ3両は200kW）。&lt;br /&gt;
==== 車体面 ====&lt;br /&gt;
* 事故を起こした207系車両は、&amp;lt;!--JR東西線の地下部分に対応できるよう//207系がステンレス製である理由はこれに依存しない。純粋に路線の自然環境からステンレス構造を採用しているのは関門トンネル用機関車のみである。つまり、海水による腐食を防ぐ為。また、漏水阻止がより完璧な青函トンネルにはこの必要性がない--&amp;gt;軽量な[[ステンレス鋼]]製で従来の重い[[炭素鋼|普通鋼]]製と比べると車体前面からの衝撃には強いが側面からの衝撃に弱いという報道が相次いだ。&lt;br /&gt;
* 一般的に、長尺物はその材質に関わらず側面方向の衝撃が一点にかかるとそこに[[エネルギー]]が集中するので破壊が起きやすい。&lt;br /&gt;
* ステンレスは錆が出ないため経年劣化が少ない点でも有利である。また、207系車両は従来の車両に近い構造の車体設計となっていて普通鋼製の車両とほとんど強度は変わらないと推測される。ただ、車両そのものがこれほどまでに脱線転覆してこのような事故が起こることを想定して車両を製作していない。&lt;br /&gt;
* 電車は殆んどの事故の場合、正面から追突することを想定して正面とその周辺は他部位に比べて衝撃に耐えられるよう設計されているが今回の事故は1両目を除いて強度の弱い側面から衝突しており、特に、2両目は普段想定されていない上下から押し潰されていて被害を拡大したとされる。マンション1階の駐車場に突っ込み一部が鉄板を突き破って地階にまで達して大破した1両目も正面は比較的変形せず原型を留めていた。&lt;br /&gt;
* 実際に、同年[[12月25日]]に発生したJR羽越本線の[[JR羽越本線脱線事故|特急脱線転覆事故]]でも、国鉄時代に製造された旧来の普通鋼製車体の車両の一部が『く』の字型に折れ曲がるという結果からも、車体側面強度への批判は殆ど意味をなさないという見解に落ち着きつつある。&lt;br /&gt;
* また、近年の電車系列における高出力の[[動力車|電動車]]を、少数連結して[[付随車]]比率を高めた編成形式が脱線した編成の先頭車が主電動機を積んでいなかったことや先述の軽量ステンレス車体と相まって脱線を容易にさせた。その反省として、事故後に製造された321系においては電動車比率を上げたとの報道も相次いだ。しかし、その321系の設計時点から、電動車比率を上げる代わりに電動車一両あたりの主電動機の数を従来の半分としており、該当事故前に既に製造が開始されていたことや事故を受けてから設計変更を行う時間を考えれば、これらの報道は誤報であると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 保守面 ====&amp;lt;!--自分が知っている鉄道とそれに関連した知識を発表する場ではありません。あくまでも事故車両における問題点を書く場です--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 車輌のメンテナンスが大味であるとの指摘もある。&lt;br /&gt;
* 4年に1度速度計の精度を検査するよう義務付けられている。しかし、当該車両は、車両メーカーからの納入後1度も検査していなかった。&lt;br /&gt;
* 事故車輌と同じ「207系」の[[ブレーキホース]]を使用期限が過ぎた後も使用し続けていた事が明らかとなった（※ホースはゴム製で、劣化により破断しても&amp;lt;!--[[1948年]]の[[近鉄奈良線列車暴走追突事故]]のようにはならず、--&amp;gt;非常ブレーキがかかる仕組みになっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事故乗務員の問題 ===&lt;br /&gt;
* 事故を起こした運転士は、運転歴11ヶ月で運転技術や勤務姿勢が未熟であった可能性がある。この背景には、国鉄分割民営化後の人員削減策で、特にJR西日本においては他のJR各社と比べると長期間にわたって職員の新規採用者を絞り、定年退職者がまとまった数になったのを契機に採用者を増やしたため、運転士の年齢構成に偏ったばらつきが出て、運転技術を教える中堅およびベテラン運転士が少なくなったと言われている。&lt;br /&gt;
* 始発である宝塚駅の構内へと進入する際、ATS（自動列車停止装置）が作動して本来の停車位置より手前に停車。修正しようと進行するものの今度は本来の停車位置をオーバーランするなどトラブルを起こしていた。また、同駅で車掌とすれ違った際、車掌が2度のミスについて運転士に理由を尋ねたが無言で立ち去ったと言う。&lt;br /&gt;
* その後、伊丹駅で起こした70mのオーバーランについて、運転士が車掌に対して過走を軽減して欲しいと依頼。このやり取りの最中、車掌側に乗客からクレームがきたために打ち合わせ中に電話が切られた。了承した車掌は当初は8mのオーバーランと過少申告したとされている。運転士は事故を起こす30秒前にオーバーランについての[[運転指令所]]と車掌との無線連絡を聞いており、その内容は指令所から'''「1分以上の遅れについて取り戻すように」と何度も催促'''するものであった。この指示が運転士への心理的圧力の一つとなったとも指摘される一方、記録によるとカーブ直前であるにも関わらず無線連絡が行なわれていた40秒間に一切の運転操作が行なわれておらず事故直前に指令所が運転士に応答するように求めており、この無線連絡の応答に運転士が気を取られて運転への集中力が削がれたのではないかとする見方もある。運転士が運転中に何かメモしようとしていた可能性があることも分かっている。&lt;br /&gt;
* 尼崎駅で[[JR神戸線]]の列車と相互連絡するために自らのミスによる約2分のダイヤの遅れを取り戻そうとしていた事が、速度制限を大幅に超過する運転行為に繋がったとみられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 日勤教育の問題 ====&lt;br /&gt;
* 目標が守られない場合に、乗務員に対する処分として、[[日勤教育]]と称して再教育などの実務に関連したものではない懲罰的な処置を科していた。これが十分な再発防止の教育効果に繋がらずに却って乗務員のプレッシャーを増大させていたとの指摘も受けている。この日勤教育については、事故が起こる半年前の[[国会]]において[[議員]]より「重大事故を起こしかねない」として追及されており、事故後は「事故の大きな原因の一つである」と、多くの[[メディア (媒体)|メディア]]で取り上げられることになった。事故を起こした当該運転士は過去に運転ミスなどで3回日勤教育を受けていたが、事故直前の行動からみて、何らかの注意障害（[[ADHD]]や[[アスペルガー症候群]]など）を抱えていた可能性があるという[[心理学]]上の見地による指摘もある。また、'''当該運転士が事故前年に受けた日勤教育では「回復運転ができなかった」ことを上司に咎められていた'''という報道もある。&lt;br /&gt;
* 会社側としての適切なフォロー（採用時の社員の適性チェックや業務の適性に合わない者に対する配置換えなど）が欠けていたが為に、また、過去のミスの事例を詳細に分析する事を怠った結果、事故を未然に防げなかったとの見方もあるが、現在に至るまで、JR西日本の日勤教育が事故の因果関係になったとの明確な立証はされていない。しかし、会社側は世論からの批判を受けて「日勤教育を含めた労務管理の在り方について検討を進める」と表明している。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- しかし尼崎東署捜査本部の調べで他社との明確の差異がなかったことが明らかになり、日勤教育が直接事故との因果関係の立証は難しくなった。←明確な差異についての適切な説明や資料リンクがないので文章を変えました。あればそれをお願いします --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他の問題 ====&lt;br /&gt;
* JR西日本が絡んだ重大な列車事故として、[[1991年]]5月に発生した[[信楽高原鐵道]]での同社線内列車とJR西日本からの直通列車との正面衝突事故（[[信楽高原鐵道列車衝突事故]]）があり、その事故においてJR西日本には直通運転を行なう信楽高原鐵道に全く連絡しないまま同線に関わる信号システムを改変するなどの行為があったとされたが、刑事訴追はされないままに終わった（民事訴訟でJR西日本の過失が認定されたのは2004年であった）。当該事故と性質は大きく異なるものの、先の事故を起こした体質に対する反省がなされぬまま、再び当該事故を招くことになったとの指摘がある。&lt;br /&gt;
* 同電車にJR西日本の運転士が2人乗車していたが、運転区長の業務優先や[[西日本旅客鉄道大阪支社|大阪支社]]長の講演会への出席の指示により救助活動を行わなかった。'''ただし、乗務を控えていた運転士については、そのまま出社しなければ該当線区で列車の運休など（それに伴う会社からの処分や乗客からの苦情）が発生していた可能性がある。''' 事故遭遇時において二次災害を防ぐための後続列車に対する緊急停止の措置等を即座に実行確認しなかったことは社員としての安全意識に欠けるものとして同措置が周辺住民により行われたことと対比され論議の対象となった。&lt;br /&gt;
* 阪神・淡路大震災以来の待機体制である「第1種A体制」を優先せずに懇親行事を中止しなかったことは[[#報道のあり方について|後述]]されている。&lt;br /&gt;
* 事故後の調査でJR西日本管内のATSやカーブなどの制限速度の設定を誤っていた箇所が多数確認された。&lt;br /&gt;
* 同電車の車掌は防護無線を発報させたつもりであったが、装置は正常に作動していなかった。緊急時には常用側から非常側に電源スイッチを切り替えるよう指導は受けていたが、切り替えないと防護無線装置と[[緊急列車防護装置]]が働かないことは乗務員に知らされていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 路線の周辺環境 ===&lt;br /&gt;
* 電車が激突したマンションは2002年11月下旬に建てられた。&lt;br /&gt;
* 線路とマンション間の距離は6mに満たなかった。[[海外]]メディアは事故当初、この点について強く指摘していたが、都会における土地・住宅など用地の事情から無数に存在している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 運休から運転再開へ ==&lt;br /&gt;
この事故により福知山線の宝塚駅～尼崎駅間で運転が休止された。また、同線を経由する形で運行されている特急列車も一部区間のみの運行となった。&lt;br /&gt;
運転再開の最低条件として、国土交通省は、この区間にATS-Pを設置しない限り運転再開を認めない方針を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
復旧工事は同年5月31日から開始された。その後、同年6月7日から試運転を開始。2006年3月までの暫定的な運転[[ダイヤグラム|ダイヤ]]を提出し、同年[[6月19日]]の始発列車より、55日ぶりの全線運転再開となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 振り替え輸送 ===&lt;br /&gt;
福知山線の運転休止期間中、福知山線沿線である[[三田市|三田]]・[[宝塚市|宝塚]]・[[川西市|川西]]・[[伊丹市|伊丹]]周辺と、[[大阪市|大阪]]・[[神戸市|神戸]]周辺を結ぶ経路において、振り替え輸送が実施された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、振り替え輸送を行った路線では、事故以前からの既存利用者にも列車・バスの車内や駅などの混雑という形で影響が及び、[[ゴールデンウィーク]]が明けた5月9日からは、混雑緩和のため[[阪神電気鉄道]]や同線に至る路線などが新たに追加された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 復旧工事 ===&lt;br /&gt;
復旧工事は5月30日午前8時から始まる予定であった。しかし、周辺の住民の同意を十分に得ないまま工事が行われようとしたとして一部から抗議が寄せられたため、工事は午前9時頃から中断し、30日の工事は中止になった。その後、住民の同意が得られたとして工事が31日午後から始まり6月3日に終了。そして、住民への戸別訪問による工事終了の説明をして完了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 試験運転===&lt;br /&gt;
6月7日以降に行われた。7日には2編成による走行試験、8日には新型の自動列車停止装置の作動試験が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 運転再開===&lt;br /&gt;
* 6月19日に宝塚～尼崎間で運転が再開された。しかし、一部からは「まだ原因もはっきりしていないのに運転再開とはどういうことか」等といった反発もあった。&lt;br /&gt;
* ダイヤは事故前から大きく変更されて快速電車の朝[[ラッシュ時|ラッシュ]]時間帯の所要時間はおよそ1分30秒伸ばされ20分になる。&lt;br /&gt;
* 当面の間宝塚～尼崎間の最高速度は120km/hから95km/hに、また、遺族や近隣住民への配慮の点から事故のあったカーブの制限速度は70km/hから60km/hにそれぞれ引き下げられた。&lt;br /&gt;
* 再開翌日の夕方、現場のカーブを通過しようとした特急列車が速度超過により緊急停車した。場所が場所、時期が時期なだけに報道陣の目の前での停車となって、皮肉にも速度照査機能が正常に作動した事を証明した形となる。即日中に国交省より注意を受ける。&lt;br /&gt;
=== その後 ===&lt;br /&gt;
* 2006年3月18日のダイヤ改正で、福知山線を含めた同社の路線全体におけるダイヤの余裕時分を増やし、駅ごとの乗降数に応じて停車時間も10秒～1分ほど延長された。その他、それに伴って乗務員や車両が不足する状況への策として、同社の路線全体で140本の列車が削減された。&lt;br /&gt;
[[画像:jrw207_newcolor.jpg|thumb|right|250px|塗色の塗り替えが進む207系（住道駅・2005/12/10 by O.k.）]]&lt;br /&gt;
* この事故の後に登場した321系の車体帯の色が、当初予定されていた青2色から、紺・オレンジを基本とする配色に変更された。また、事故車と同じ207系も同様に配色変更された車両の営業運転が開始されており、2006年3月までに対象車両全車、塗装変更が完了している。&lt;br /&gt;
** ただし、この塗色変更については、逆に遺族、関係者から'''「塗装を変える金があるなら保安装置などに回すべきだ」「塗装を変えるより会社の体質を変えろ」'''などの批判が起きている。&lt;br /&gt;
* 一方で、報道や現場などでは'''「安全対策は進んでいない」'''という声も根強かった。&lt;br /&gt;
* 事故から1年を迎える2006年4月25日から、[[NPO]]法人「[[市民事務局かわにし]]」の主催で名刺大のカードに貼り付けた青色のリボン2万個が配布されることになった。&lt;br /&gt;
* 事故後1年となった2006年4月25日に行われた追悼式典では、犠牲者107名のうち106名が追悼対象とされて事故列車の運転士が追悼対象から除外されている。&lt;br /&gt;
* 追悼式典の前後の数日間、被害者や遺族に現場であるマンション内のピット部分が公開された。また、合わせてマンション内に安置された「お地蔵様」周辺が一般向けに公開されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 補償問題 ==&lt;br /&gt;
JR西日本は、電車が激突したマンションを買い取り、[[慰霊碑]]を建てることとともに現場の保存を検討していることなどを発表した。マンションの住民には買い取りを望んでいない人もいたが、マンション購入時の価格で買い取るという条件などで2006年4月までに補償交渉はほぼ終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、遺族に対し生活費などの補償の仮払いもJR西日本は行っていたが、事故後数ヶ月でこの仮払いは打ち切られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿線への影響 ==&lt;br /&gt;
運休が2ヶ月近くに及んだため、駅周辺の商店街の利用者が激減し、営業時間の短縮・休業により商店街への売り上げの影響を受けている。福知山線の駅周辺の商店街が経営難に陥り閉店する恐れがあると懸念されていると報道された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== JR西日本人事への影響 ==&lt;br /&gt;
事故があまりにも甚大であったために経営陣の引責辞任は不可避であると見られていたが、後継人事は難航した。&lt;br /&gt;
結局、2006年2月1日付で[[南谷昌二郎]]会長と[[垣内剛]]社長は退任して[[山崎正夫]]副社長が社長に昇格。外部（[[住友電気工業]]）から顧問として[[倉内憲孝]]を迎えることになった。&lt;br /&gt;
なお、相談役であり国鉄民営化の立役者としてJR西日本への影響力が強かった[[井手正敬]]もその職を辞した。&lt;br /&gt;
しかし、その後に旧相談役の井手正敬や当時の大阪支社長であった[[橋本光人]]など、事故によって引責辞任に追い込まれた役員10人がJR西日本子会社の幹部に天下りしていたことが判明して遺族からは強い反発が出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 個人情報保護法上の問題 ==&lt;br /&gt;
この年の4月1日に「[[個人情報保護法]]」が施行された直後の事故であったために「負傷者に関する個人情報を家族に流していいのかどうか」について現場（[[病院]]やJR西日本）が混乱した。''法律上の結論として人命にかかわる場合の（同意なしの）個人情報提供は適法である''。しかし、現場レベルではその旨が十分に周知されていなかったための萎縮効果により「（個人情報は）教えない方が無難」との判断を招いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的に、遺族やマスコミの批判を受けた厚生労働省が法律上の解釈を示し教えるよう指導して決着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== マスメディアへの影響 ==&lt;br /&gt;
=== 報道のあり方について ===&lt;br /&gt;
*事故直後のマスメディアの報道は、'''先述の同社社員の一部の行動（日勤教育問題・救命活動の不参加など）を批判するものが多かったが、次第にJR西日本批判へと移り、事故再発防止のための本質を問うための報道との乖離も見せ始めた。'''&lt;br /&gt;
* ダイヤ面の問題を指摘する報道で、福知山線を「'''過密ダイヤ'''」と評するメディアが後を絶たなかったが、実際のダイヤにおいては余裕時間こそ少なかったものの、わが国の他の路線と比べ列車本数的に過密であると定義するには言い難い部分もあるとの指摘もある。しかし、'''どの点において過密問題があるのか、何と比較してのものなのか、そしてどこを改善するべきか、正確な説明があった報道は少ない'''（そもそも「過密ダイヤ」の定義が無いためにこれを実証することはかなり難しい）。そもそも、過密云々を言うならJR西日本に限らず、通勤や帰省などのラッシュ時の「乗車率200%」などという状態自体が、事故が起こるかどうか以前のレベルで異常なのであり、これを批判しないマスコミは根本的に矛盾している。&lt;br /&gt;
* また、事故当日に同社社員が救助や阪神・淡路大震災以来の待機体制である「第1種A体制」を優先せずに、時間とともに事故の規模が判明していき犠牲者も増えているのにもかかわらず、ボウリング大会などの懇親行事を取りやめずに開催してどのような様子でしていたのか、[[居酒屋]]などで4次会までしてどのような飲食をしたのかといった事故をおこした会社の社員としての自覚や事故の原因究明、再発防止をないがしろにしていないかとの報道もあった。&lt;br /&gt;
**これに関しての釈明記者会見で、[[読売新聞大阪本社]]の社会部記者&amp;lt;!--プライバシー保護のため本名隠しに　竹村文之--&amp;gt;が、JR西日本の当時の社長らに「何が信頼回復やねん!!もういっぺんいうてみぃ!!」「人が死んでるんやで!!」と激怒を飛ばしたことで話題になる。（[http://www.youtube.com/watch?v=htNQ8rT5hWA&amp;amp;mode=related&amp;amp;search= 関連リンク1]、[http://www.youtube.com/watch?v=U6W2eC1J6DE&amp;amp;mode=related&amp;amp;search= 同2]）&lt;br /&gt;
* この事故を契機に、全国各地で相次いだ事件とインシデント（事故を引き起こす危険性が高い事態であったが、実際には事故とならなかった案件。）が連日報道される。&lt;br /&gt;
* この事件以後、鉄道関連で大きな事故があると、いわゆる[[ハインリッヒの法則]]に基づき「人間は必ずミスをするものであるから、万一ミスをしても大惨事にならないような安全装置の取り付けを積極的に推進しなければならない」「安全基準の引き上げをするべき（明確な安全基準を設けるべき）」との報道がしばしば行われるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のように、事件後は'''マスコミによる過剰ではないのかともみられている報道と、それを受けた民衆によるJR西日本への批判が目立つものの「これら一連の感情的なJR批判や焦点のずれた意見が、本来の目的である事故の原因究明、再発防止とどれほどの関係があるのか」「一般のJR西日本社員に対する一方的な中傷ではないのか」'''との意見も当初から指摘されている。また、報道を受けて後で述べているような現場の職員に対する心ない行為（犯罪も含む）が相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 番組への影響 ===&lt;br /&gt;
* JR西日本がしていた「[[DISCOVER WEST]]」キャンペーンが事故の影響で2005年は中止されていたため、代わりにJR東海が同年11月まで「[[のぞみ (列車)|のぞみ]]で西へ」キャンペーンを行っていた。&lt;br /&gt;
* 関西テレビの『[[走れ!ガリバーくん]]』では、2005年10月に『[[GO!GO!ガリバーくん]]』に改題して番組が終了するまで[[公共広告機構]]（AC）の啓発CMがスポットとして流れていた。（関西テレビと同時ネットの放送局のみ）&lt;br /&gt;
* 『[[遠くへ行きたい (テレビ番組)|遠くへ行きたい]]』（[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]制作・[[日本テレビ系列|日本テレビ系]]全国ネット）、『[[よしもと新喜劇]]』（[[毎日放送]]以外の局はスポンサーが異なるか、もしくはノンスポンサー）などの[[JR|JRグループ]]提供の番組においても一時期は公共広告機構の啓発CMに差し替えていた（ただし、ノンスポンサーの地域は除く）。&lt;br /&gt;
* NHKは[[NHKデジタル衛星ハイビジョン|BShi]]で放映中であった『[[列島縦断 鉄道乗りつくしの旅～JR20000km全線走破～]]』について、遺族や負傷者の心情を考慮するため、放送延期の対応をとった。（[[列島縦断 鉄道乗りつくしの旅～JR20000km全線走破～#JR福知山線脱線事故の影響|詳細]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他の影響 ==&lt;br /&gt;
=== 社内への影響 ===&lt;br /&gt;
; スポーツ活動&lt;br /&gt;
脱線事故を受け、社内運動部である[[JR西日本硬式野球部]]はすぐに活動自粛を発表、同年7月には[[日本野球連盟 (社会人野球)|日本野球連盟]]に休部届を提出して、活動休止状態になっていた。毎年行われていたJRグループの対抗戦も中止となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; JR西日本安全研究所&lt;br /&gt;
JR西日本は2006年6月、鉄道総合技術研究所理事であった白鳥健治を所長に招き、[[JR西日本安全研究所]]を設立して「安全マネジメント」「ヒューマンファクター」「保安システム」を主たるテーマとして安全研究をすすめると発表した。[http://www.westjr.co.jp/torikumi/progress/]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 海外の反響 ===&lt;br /&gt;
この事故は、海外でも大きな反響を集めて各国の報道機関がトップで報道した他、[[ジャック・シラク]]・フランス大統領、[[ヨシュカ・フィッシャー]]・[[ドイツ]]外務大臣、[[コンドリーザ・ライス]]・[[アメリカ合衆国]]国務長官、[[王毅]]・[[中華人民共和国]]大使も日本政府に弔意を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事故後の関連事件 ==&lt;br /&gt;
事故発生後、これに便乗した第三者による事件や、事故が遠因となっている関連事件が発生している。残念なことにこれらの事件の容疑者は未だ逮捕されていないケースが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 便乗事件 ===&lt;br /&gt;
* 事故には直接関係のないJR西日本の運転士がホームで蹴られるなど、乗務員や駅員への暴行や嫌がらせなどが相次いで発生。乗務員の交替の際に[[警備員]]が警護する事態に発展する。これらの影響もあり、社員のなかにも辞めていく者もいたという。 &lt;br /&gt;
* 東海道線の新快速電車の運転室の後ろにある窓に「命」と書いた紙が上下逆さにして貼り付けられる。&lt;br /&gt;
* 振り替え輸送を行う路線において、混雑が増したことに便乗した痴漢、スリなどの犯罪が増加する。&lt;br /&gt;
* [[広島県]]内の山陽本線や[[可部線]]、[[千葉県]]内の[[東金線]]、[[宮崎県]]内の[[日豊本線]]などで脱線事故を真似て線路上に置き石をして列車を脱線・横転させようとしたり、自転車などを置いて列車に衝突させる事件がJR西日本のみならず他地域のJR、私鉄にも広がって見つかり、逮捕者が出る。（小学生による事件が数件あって補導されている）&lt;br /&gt;
* 事故列車に乗り合わせていたと偽り、JR西日本から見舞金をだまし取った詐欺容疑で複数人が逮捕される。&lt;br /&gt;
* 事故を引き合いにして直接関係が無いJR九州の駅設備などを酔って破壊した男が逮捕される。&lt;br /&gt;
* 車庫に止めてあった電車に事故に関連した内容の落書きが書かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 108人目の犠牲者 ===&lt;br /&gt;
* 2006年10月15日、事故により同棲していた恋人を失ったのを苦に32歳の女性が飛び降り自殺した。遺書にはJR西日本に対する恨みが綴られていた。恋人とは籍を入れていなかったためにJRからは遺族として認められていないことなどを悩んでいたという。遺族連絡団体「4・25ネットワーク」では、この女性を'''「108人目の犠牲者」'''としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== JR福知山線脱線事故を扱ったテレビ番組 ==&lt;br /&gt;
=== 報道番組など ===&lt;br /&gt;
事故を振り返る番組が地元テレビ局である毎日放送などで被害者などのインタビューやその後の責任追及などを綿密に取材したドキュメント番組などが作成された。また、NHKの「[[にんげんドキュメント]]」や「[[ETV特集]]」などでもドキュメント番組として放映されたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドラマ化 ===&lt;br /&gt;
事故からほぼ1年後の2006年4月21日、フジテレビの[[金曜エンタテイメント]]で「家族たちの明日 ～尼崎列車事故から1年～」として本事故を扱った[[テレビドラマ]]が放送された。主演は[[萬田久子]]、[[市毛良枝]]、[[吹石一恵]]で、3部構成の[[オムニバス]]形式となった。ただし、このドラマ化に対しては遺族や被害者から根強い批判もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドキュメンタリー ===&lt;br /&gt;
事故からほぼ2年後の[[2007年]][[4月23日]]、[[日本放送協会|NHK]]の「[[NHKスペシャル]]」内で『'''[[トリアージ]]　救命の優先順位～JR福知山線事故から2年～'''』として本事件を現場医療の面から扱ったドキュメンタリーが放送された。また、翌[[4月24日|24日]][[深夜]]（このため、正式な日時は[[4月25日]][[未明]]）に、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]の「[[ザ・ドキュメント]]」でも『'''あの日の記憶～JR福知山線脱線事故から2年～'''』が放送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[鉄道事故]]&lt;br /&gt;
* [[マネジメント]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 「なぜ福知山線脱線事故は起こったのか」（[[草思社]]、著：[[川島令三]]） ISBN 9794794214286&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--この節を丸ごと削除したいのですが、それでは川島フリークとの編集合戦を招きかねず、しかし記事の逐条的批判はかなりの分量になり、このページにそぐわないので、川島氏を除外したい理由の一端を補強します。久保田氏を「同じ鉄道評論家」とは！久保田氏にあまりに気の毒！&lt;br /&gt;
事故から1年半を経て、そろそろ全文を整理すべき時季にきていると思いますが。少なくとも目眩まし情報、責任逃れ情報、根拠のない憶測は末尾に「廃物領域」を設けてまとめたい。廃物情報と分かってると利用価値も生まれるが、正規の位置に残されては読者に迷惑--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--コメントをノートに書きました--&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Wikinewshas|JR福知山線脱線事故|&lt;br /&gt;
* [[n:JR西日本、毎月25日は「安全の日」に|JR西日本、毎月25日は「安全の日」に]]&lt;br /&gt;
* [[n:福知山線脱線事故、時速115kmと判明|福知山線脱線事故、時速115kmと判明]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
=== 座標 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ニュース ===&lt;br /&gt;
* [http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/jr_fukuchiyama_accident/ Yahoo!ニュース - JR福知山線脱線事故]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道 ===&lt;br /&gt;
* [http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=344429&amp;amp;l=1352535 国土地理院地図閲覧サービス2万5千分1地形図、大阪西北部・北西]&lt;br /&gt;
* [http://web.pref.hyogo.jp/pa18/pa18_000000002.html 兵庫県：JR福知山線列車事故の検証について]&lt;br /&gt;
* [http://www.mlit.go.jp/fukuchiyama/index.html 国土交通省：西日本旅客鉄道（株）福知山線における列車脱線事故について] - 事故概要・対応詳細、写真含む報道発表資料。&lt;br /&gt;
* [http://araic.assistmicro.co.jp/araic/railway/report/detail.asp?ID=1682 航空・鉄道事故調査委員会：鉄道事故調査報告書要旨] - 航空・鉄道事故調査委員会による調査結果レポート。&lt;br /&gt;
* [http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/web/contents/info/lib/sihou/sihou/sihou050925.htm 尼崎市：市報あまがさき 2005年9月25日号] - 事故概要・対応詳細のまとめ、現場で救援・救助活動にあたった民間人による事故当時の活動状況報告。&lt;br /&gt;
* [http://www16.plala.or.jp/time0425/ あの時からの歩み…2005.04.25 ～ from 04.25.2005 -- step by step ～] - 事故被害者によるサイト。&lt;br /&gt;
* [http://www2.odn.ne.jp/nisirou/fukuchiyama_top.htm JR西労 JR福知山線快速電車脱線転覆事故関係]&lt;br /&gt;
* [http://www31.ocn.ne.jp/~kokurouk/626jikohoukoku.pdf 国鉄労働組合] (pdf)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== コミュニティー ===&lt;br /&gt;
* [http://www.kysd.net/fuku42501.html 2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」] - 事故被害者による手記。&lt;br /&gt;
* [http://www.4-25.net/ 4.25ネットワーク] - 遺族、負傷者のネットワーク。&lt;br /&gt;
*[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県[[たつの市]]（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:2005年の日本|しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
[[Category:鉄道の歴史|しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
[[Category:鉄道事故|しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
[[Category:西日本旅客鉄道|事しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
[[Category:報道|しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
[[Category:尼崎市|しえいあるふくちやませんたつせんしこ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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[[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。&lt;br /&gt;
コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.163.188.201</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://34.219.76.139/mediawiki/index.php?title=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E7%9C%8C&amp;diff=42181</id>
		<title>神戸県</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://34.219.76.139/mediawiki/index.php?title=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E7%9C%8C&amp;diff=42181"/>
				<updated>2008-11-15T08:06:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.163.188.201: /* 外部リンク */ *[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県たつの市（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 都道府県|&lt;br /&gt;
都道府県名=兵庫県|&lt;br /&gt;
区分=県|&lt;br /&gt;
コード=28000-3|&lt;br /&gt;
ISO 3166-2=JP-28|&lt;br /&gt;
面積=8,393.34|&lt;br /&gt;
境界未定=なし|&lt;br /&gt;
人口=5,595,212|&lt;br /&gt;
人口の時点=2005年10月1日|&lt;br /&gt;
隣接都道府県=[[大阪府]]、[[京都府]]、[[鳥取県]]、[[岡山県]]、[[香川県]]、[[徳島県]]|&lt;br /&gt;
木=[[クスノキ]]|&lt;br /&gt;
花=[[ノジギク]]|&lt;br /&gt;
鳥=[[コウノトリ]]|&lt;br /&gt;
シンボル名=県の歌|&lt;br /&gt;
歌など=[[ふるさと兵庫]]|&lt;br /&gt;
知事=井戸敏三|&lt;br /&gt;
郵便番号=650-8567|&lt;br /&gt;
所在地=神戸市中央区下山手通5丁目10番1号|&lt;br /&gt;
電話番号=078-341-7711|&lt;br /&gt;
外部リンク=http://web.pref.hyogo.jp/ 兵庫県庁|&lt;br /&gt;
経度=東経135度10分58秒|&lt;br /&gt;
緯度=北緯34度41分28秒|}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''兵庫県'''（ひょうごけん）は、日本の[[都道府県]]の一つ。[[本州]]の中西部に位置し、[[近畿地方]]に属している。県庁所在地は[[神戸市]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
本州の両端である[[青森県]]や[[山口県]]を除くと本州で唯一、北は[[日本海]]、南は[[瀬戸内海]]に面している。南北に長い県域を持ち、そのほぼ中央を[[日本標準時]][[子午線]]（東経135度）が通過している。気候は、温暖な[[瀬戸内海式気候]]から[[豪雪地帯]]を含む[[亜寒帯湿潤気候]]（[[日本海側気候]]）まで多彩である。広大な面積を有する為に歴史遺産や自然遺産にも恵まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南部の瀬戸内海沿岸部は、大きい産業都市を抱えて[[産業活動指数]]が全国平均である。[[阪神工業地帯]]や[[播磨臨海工業地帯]]といった日本有数の重化学工業の集積地となっていて近畿圏では随一の工場立地数となっている。しかし、中部から北部にかけては[[農林水産業]]が主な産業であり、[[過疎地]]も抱える事情から'''日本の縮図'''と言われることがある。また、南東部の[[阪神間]]は、[[大阪都市圏]]の[[ベッドタウン]]としての性質が強く神戸市と阪神地方で全人口の約6割を締める。なお、兵庫県の人口密度は国内8位と高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[令制国]]制度下では、[[摂津国]]および、[[丹波国]]の西半分、[[播磨国]]、[[但馬国]]、[[淡路国]]にあたる地域であるが、僅かながら[[美作国]]、[[備前国]]の区域も存在して七つの令制国の区域をも含む。これは、[[明治維新]]後に令制国が割り当てられた[[北海道]]の十一ヶ国に次ぐ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[方言]]も、地域によって[[関西弁]]系列の[[大阪弁]]の流れを汲む[[北摂弁]]（[[摂津弁]]）・[[神戸弁]]・[[播州弁]]・[[淡路弁]]、同じ関西弁系列でも[[京都弁]]（[[京言葉]]）の流れを汲む[[丹波弁]]、[[中国方言]]の影響を受けた[[但馬弁]]と多彩で[[風俗]]・[[習慣]]の違いも見せる。この県内風土の多様性により兵庫県民としての連帯感はそれほど強くなく、神戸市、姫路市、豊岡市、隣接する大阪市など、エリアの中核となる[[都市圏]]に帰属意識を持つと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
=== 山地・山 ===&lt;br /&gt;
* [[中国山地]]：[[氷ノ山]]、[[鉢伏山 (香美町)]]、[[扇ノ山]]、[[妙見山 (香美町)|妙見山]]、[[蘇武岳]]、[[瀞川山]]、[[日名倉山]]&lt;br /&gt;
* [[丹後山地]]：[[東床尾山]]&lt;br /&gt;
* [[丹生山地]]：[[丹生山]]、[[帝釈山]]&lt;br /&gt;
* [[播州高原]]：[[雪彦山]]、[[七種山]]、[[段ヶ峰]]、[[千ヶ峰]]、[[笠形山]]&lt;br /&gt;
* [[東播磨丘陵地]]：[[高御位山]]&lt;br /&gt;
* [[六甲山地]]：[[六甲山]]、[[摩耶山]]、[[再度山]]、[[鉢伏山 (兵庫県神戸市)]]、[[東お多福山]]、[[西お多福山]]、[[甲山]]&lt;br /&gt;
* [[諭鶴羽山地]]：[[諭鶴羽山]]、[[柏原山]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高原 ===&lt;br /&gt;
* [[鉢伏高原]]、[[神鍋高原]]、[[瀞川平]]、[[兎和野高原]]、[[上山高原]]、[[杉ヶ沢高原]]、[[柤岡高原]]、[[美原高原]]、[[美方高原]]、[[砥峰高原]]、[[峰山高原]]、[[ちくさ高原]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 平野・盆地 ===&lt;br /&gt;
* [[大阪平野]]、[[播磨平野]]、[[洲本平野]]、[[三原平野]]、[[豊岡盆地]]、[[篠山盆地]]、[[三田盆地]]、[[多田盆地]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 渓谷・峡谷 ===&lt;br /&gt;
* [[瀞川渓谷]]、[[霧ヶ滝渓谷]]、[[阿瀬渓谷]]、[[音水渓谷]]、[[天滝渓谷]]、[[糸井渓谷]]、[[福知渓谷]]、[[猪名川渓谷]]、[[横行渓谷]]、[[熊波渓谷]]、[[小代渓谷]]、[[赤西渓谷]]、[[板馬見渓谷]]、[[山田渓谷]]、[[直谷渓谷]]、[[蓬莱峡]]、[[立雲峡]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 滝 ===&lt;br /&gt;
*[[原不動滝]]、[[猿尾滝]]、[[天滝]]、[[布引の滝]]、[[霧ヶ滝]]、[[七種の滝]]、[[羊ヶ滝]]、[[扁妙の滝]]、[[布滝 (養父市)|布滝]]、[[瀞川不動滝]]、[[赤滝 (新温泉町)|赤滝]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 湖沼 ===&lt;br /&gt;
* [[つくはら湖]]（呑吐ダム）、[[東条湖]]（鴨川ダム）、[[千丈寺湖]]（青野ダム）、[[知明湖]]（一庫ダム）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 河川 ===&lt;br /&gt;
* 加古川水系：[[加古川]]&lt;br /&gt;
* 円山川水系：[[円山川]]、[[出石川]]、[[大屋川]]、[[八木川]]&lt;br /&gt;
* 揖保川水系：[[揖保川]]、[[福知川]]、[[公文川]]&lt;br /&gt;
* 淀川水系支川：[[神崎川]]、[[猪名川]]&lt;br /&gt;
* その他水系：[[武庫川]]、[[市川]]、[[千種川]]、[[明石川]]、[[夢前川]]、[[洲本川]]、[[三原川]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 海 ===&lt;br /&gt;
* 日本海&lt;br /&gt;
* 瀬戸内海：[[大阪湾]]、[[明石海峡]]、[[播磨灘]]、[[紀淡海峡]]、[[鳴門海峡]]、[[紀伊水道]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自然公園・国営公園 ===&lt;br /&gt;
* 国立公園&lt;br /&gt;
**[[瀬戸内海国立公園]]、[[山陰海岸国立公園]]&lt;br /&gt;
* 国定公園&lt;br /&gt;
**[[氷ノ山後山那岐山国定公園]]&lt;br /&gt;
* 国営公園&lt;br /&gt;
**[[国営明石海峡公園]]&lt;br /&gt;
* [[都道府県立自然公園|県立自然公園]]&lt;br /&gt;
**[[多紀連山県立自然公園]]、[[猪名川渓谷県立自然公園]]、[[清水東条湖立杭県立自然公園]]、[[朝来群山県立自然公園]]、[[音水ちくさ県立自然公園]]、[[但馬山岳県立自然公園]]、[[西播丘陵県立自然公園]]、[[出石糸井県立自然公園]]、[[播磨中部丘陵県立自然公園]]、[[雪彦峰山県立自然公園]]、[[笠形山千ヶ峰県立自然公園]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 隣接都道府県 ===&lt;br /&gt;
* [[大阪府]]：[[大阪市]]（[[西淀川区]]・[[淀川区]]）・[[豊中市]]・[[池田市]]・[[箕面市]]・[[豊能郡]]（[[豊能町]]・[[能勢町]]）&lt;br /&gt;
* [[京都府]]：[[南丹市]]・[[船井郡]][[京丹波町]]・[[福知山市]]・[[与謝郡]][[与謝野町]]・[[京丹後市]]&lt;br /&gt;
* [[岡山県]]：[[備前市]]・[[美作市]]・[[英田郡]][[西粟倉村]]&lt;br /&gt;
* [[鳥取県]]：[[八頭郡]][[若桜町]]・[[鳥取市]]・[[岩美郡]][[岩美町]]&lt;br /&gt;
* [[徳島県]]：[[鳴門市]]（[[大鳴門橋]]経由）&lt;br /&gt;
* [[香川県]]（[[播磨灘]]を挟んで）&lt;br /&gt;
* [[和歌山県]]（[[紀淡海峡]]を挟んで）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 県名の由来 ===&lt;br /&gt;
兵庫県の名は、現在の神戸市兵庫区に役所が置かれたことにある。ここにある兵庫港（現在は神戸港の一部）が古くから国際貿易港として開港していたためである。また、一説には[[安政の五か国条約]]によって兵庫港開港を約束しながら実際の開港地が神戸に変更されたために、諸外国から条約違反とする非難を避けるために「神戸」ではなく「兵庫」を県名に用いて神戸をその管轄区域に含めてお茶を濁したとする説がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「兵庫」の由来は、[[天智天皇]]の治世に兵の武器の倉庫の意味である「つわものぐら（兵庫）」があったことからも由来する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 県域に相当する旧国名 ===&lt;br /&gt;
県域は古代の播磨国全域、但馬国全域、淡路国全域、摂津国[[有馬郡]]、[[川辺郡 (兵庫県)|川辺郡]]、[[武庫郡]]、[[菟原郡]]、[[八部郡]]、丹波国[[多紀郡]]、[[氷上郡]]に跨る。加えて、[[1896年]]（[[明治]]29年）美作国に属していた岡山県[[吉野郡 (美作国)|吉野郡]]石井村と讃甘村の一部が兵庫県[[佐用郡]]に越県編入される。また、[[1963年]]（[[昭和]]38年）には備前国に属していた兵庫県赤穂市福浦が岡山県[[日生町]]（現・備前市）より越県編入された。それは、同地の[[備前福河駅]]に名残を残す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著名な[[延喜式]]大社としては播磨国[[明石郡]]の[[海神社]]、[[揖保郡]]の揖保坐天照神社、[[宍粟郡]]の伊和坐大名持御魂神社、淡路国[[津名郡]]の[[伊弉諾神宮]]、[[三原郡]]の大和大国魂神社、摂津国武庫郡の[[広田神社]]、伊和志豆神社、八部郡の[[生田神社]]、[[長田神社]]、有馬郡の温泉神社、丹波国多紀郡の櫛石窓神社等がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
江戸時代には諸藩が群立（播磨国[[姫路藩]]・[[明石藩]]・[[赤穂藩]]、但馬国[[豊岡藩]]・[[出石藩]]・[[村岡藩]]、丹波国[[柏原藩]]・[[篠山藩]]、摂津国[[尼崎藩]]・[[三田藩]]等）した。淡路国は[[徳島藩]]に所属していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 年表 ===&lt;br /&gt;
* [[3世紀]]後半 - [[西求女塚古墳]]が築かれる&lt;br /&gt;
* [[4世紀]] - [[東求女塚古墳]]、[[処女塚古墳]]が築かれる&lt;br /&gt;
* [[4世紀]]末～[[5世紀]]初頭 - [[五色塚古墳]]、[[小壷古墳]]、[[宮山古墳]]、[[壇場山古墳]]が築かれる&lt;br /&gt;
* [[552年]] - [[百済]]・[[聖明王]]の太子である恵（僧名：童男行者）により明要寺（丹生寺）が創建される&lt;br /&gt;
* [[589年]] - [[聖徳太子]]により刀田山四天王寺聖霊院（[[鶴林寺 (加古川市)|鶴林寺]]）が創建される&lt;br /&gt;
* [[603年]] - [[7月6日 (旧暦)|7月6日]]当麻皇子の妃舎人皇女が死去、赤石桧笠岡（[[吉田王塚古墳]]）に葬られる&lt;br /&gt;
* [[631年]] - [[9月19日 (旧暦)|9月19日]][[舒明天皇]]、有間温泉（有馬温泉）にて入湯する&lt;br /&gt;
* [[645年]] - [[孝徳天皇]]の勅願により[[伽耶院]]、[[如意寺 (神戸市)|如意寺]]、[[とう利天上寺]]（[[646年]]）、[[一乗寺]]（[[650年]]）が創建される&lt;br /&gt;
* [[651年]] - [[法道]]仙人により[[朝光寺]]と[[石峯寺 (神戸市)|石峯寺]]開創&lt;br /&gt;
* [[716年]] - [[元正天皇]]の勅願により[[太山寺 (神戸市)|太山寺]]が創建される&lt;br /&gt;
* [[805年]] - 伝教大師・[[最澄]]により日本最初の[[密教]]教化霊場である能福護国密寺（[[能福寺]]）が神戸市兵庫区に創建される&lt;br /&gt;
* [[833年]] - [[淳和天皇]]の勅願寺として[[鷲林寺]]が[[空海]]によって開創される&lt;br /&gt;
* [[886年]] - [[光孝天皇]]の勅願により[[須磨寺]]が創建される&lt;br /&gt;
* [[966年]] - 性空上人により[[圓教寺]]開創&lt;br /&gt;
*[[1174年]] - [[平清盛]]が[[大輪田泊]]に経が島（経ヶ島）を築く&lt;br /&gt;
*[[1180年]] - [[福原京]]遷都&lt;br /&gt;
*[[1184年]] - [[一ノ谷の合戦]]&lt;br /&gt;
*[[1198年]] - [[俊乗坊重源]]により[[浄土寺 (小野市)|浄土寺]]が創建される&lt;br /&gt;
*[[1333年]] - [[鎌倉幕府]]滅亡。播磨の[[赤松円心]]、後醍醐天皇に味方する&lt;br /&gt;
*[[1336年]] - [[湊川の戦い]]で[[楠正成]]討死&lt;br /&gt;
*[[1441年]] - [[嘉吉の乱]]で[[赤松満祐]]滅亡&lt;br /&gt;
*[[1466年]] - 但馬に本拠を持つ[[山名宗全]]持豊が細川氏と争う（[[応仁の乱]]）&lt;br /&gt;
*[[1579年]] - [[明智光秀]]に最後まで抵抗した[[波多野氏]]・[[赤井氏]]が滅ぼされる&lt;br /&gt;
*[[1580年]] - [[羽柴秀吉]]に攻められて[[三木城]]落城、[[別所長治]]滅亡&lt;br /&gt;
*[[1600年]] - [[池田輝政]]が西国管領として[[姫路城]]に入城、姫路城を大改築する&lt;br /&gt;
*[[1701年]] - 赤穂藩[[浅野長矩]]が[[江戸城]]中で[[吉良義央]]を斬りつけて切腹[[改易]]。翌年、[[赤穂浪士]]討入&lt;br /&gt;
*[[1868年]] - [[兵庫港]]開港、管理運営等の為に兵庫県を設置。初代[[知事]]に伊藤博文が任命される&lt;br /&gt;
*[[1870年]] - [[庚午事変]]&lt;br /&gt;
*[[1874年]] - 神戸－大阪間に鉄道が開通。[[神戸居留地]]に[[ガス灯]]が灯る&lt;br /&gt;
*[[1876年]] - [[飾磨県]]（播磨）・[[豊岡県]]（但馬・丹波）・名東県（淡路）を併合。ほぼ現在の範囲になる。当時の人口（約135万人）は、[[東京府]]・大阪府をしのいでいた&lt;br /&gt;
*[[1886年]] - [[明治天皇]]の[[御用邸]]が神戸港の弁天浜（現・[[神戸ハーバーランド]]）にもうけられる&lt;br /&gt;
*[[1889年]] - 神戸市誕生&lt;br /&gt;
*[[1897年]] - 姫路に歩兵第10師団設置（～1919年）&lt;br /&gt;
*[[1903年]] - 日本初の[[ゴルフ場]]が六甲山に開場&lt;br /&gt;
*[[1905年]] - 阪神電気鉄道が神戸（三宮）～大阪（出入橋）で開業。[[阪神間モダニズム]]の時代（～1940年）&lt;br /&gt;
*[[1910年]] - [[箕面有馬電気軌道]][[阪急宝塚本線|宝塚本線]]（梅田～宝塚間）、[[阪急箕面線|箕面線]]（石橋～箕面間）が開業&lt;br /&gt;
*[[1913年]] - [[宝塚唱歌隊]]（現・宝塚音楽学校）を組織&lt;br /&gt;
*[[1914年]] - [[宝塚少女歌劇団]]（現・宝塚歌劇団）初演。神戸市須磨に[[天皇家]]の[[離宮]]、[[武庫離宮]]（現・[[須磨離宮公園]]）が設けられる&lt;br /&gt;
*[[1920年]] - [[阪神急行電鉄]][[阪急神戸本線|神戸本線]]、[[阪急伊丹線|伊丹線]]開業&lt;br /&gt;
*[[1924年]] - [[フランク・ロイド・ライト]]が設計した[[山邑邸]]（旧山邑家住宅）が竣工。[[阪神甲子園球場]]竣工&lt;br /&gt;
*[[1927年]] - 阪神国道が開通&lt;br /&gt;
*[[1932年]] - C・H・アリソン設計の[[広野ゴルフ倶楽部]]が開場&lt;br /&gt;
*[[1940年]] - 洲本市誕生&lt;br /&gt;
*[[1945年]] - 尼崎、神戸、姫路などが米軍機の空襲を受ける&lt;br /&gt;
*[[1954年]] - 小野市誕生&lt;br /&gt;
*[[1956年]] - 第11回[[国民体育大会]]開催&lt;br /&gt;
*[[1958年]] - 三田市誕生&lt;br /&gt;
*[[1962年]] - 阿閇（あえ）村が町制施行で播磨町となり、全国初の村のない県となる&lt;br /&gt;
*[[1966年]] - [[ポートアイランド]]着工&lt;br /&gt;
*[[1967年]] - 加西市誕生&lt;br /&gt;
*[[1981年]] - [[神戸ポートアイランド博覧会]]開催&lt;br /&gt;
*[[1985年]] - [[大鳴門橋]]開通。第3回[[全国都市緑化フェア]]（コウベグリーンエキスポ'85）開催。[[ユニバーシアード]]神戸大会開催&lt;br /&gt;
*[[1988年]] - [[全国高等学校総合体育大会]]（63総体）開催&lt;br /&gt;
*[[1991年]] - 芦屋市で全国初の女性市長誕生&lt;br /&gt;
*[[1993年]] - 姫路城が[[ユネスコ]]・[[世界遺産]]に登録&lt;br /&gt;
*[[1994年]] - [[但馬飛行場]]開設。[[大阪国際空港|大阪空港]]への定期便の運行開始&lt;br /&gt;
*[[1995年]] - [[阪神・淡路大震災]]発生&lt;br /&gt;
*[[1998年]] - [[明石海峡大橋]]開通&lt;br /&gt;
*[[1999年]] - 篠山市誕生&lt;br /&gt;
*[[2000年]] - 淡路島で[[国際園芸・造園博]]「ジャパンフローラ2000」開催（[[淡路花博]]）&lt;br /&gt;
*[[2004年]] - 丹波市、養父市誕生&lt;br /&gt;
*[[2005年]] - 南あわじ市、朝来市、淡路市、宍粟市、たつの市、多可郡多可町、神崎郡神河町、美方郡香美町・新温泉町誕生。その他、町・市への編入&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - 神戸空港（マリンエア）開港。加東市誕生。その他、町の市への編入。[[のじぎく兵庫国体]]開催&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人口 ==&lt;br /&gt;
=== 年齢構成 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 行政 ==&lt;br /&gt;
=== 歴代兵庫県知事（権知事・県令を含む）（公選前） ===&lt;br /&gt;
* [[伊藤博文]]（在任期間1868年5月23日～1869年4月10日）&lt;br /&gt;
* 久我通城（在任期間1869年4月10日～1869年5月19日）&lt;br /&gt;
* 中島錫胤（在任期間1869年5月21日～1869年6月1日）&lt;br /&gt;
* [[陸奥宗光]]（在任期間1869年6月20日～1869年7月17日）&lt;br /&gt;
* [[税所篤]]（在任期間1869年7月17日～1870年8月19日）&lt;br /&gt;
* 中山信彬（在任期間1870年閏10月8日～1871年10月22日）&lt;br /&gt;
* [[神田孝平]]（在任期間1871年11月20日～1876年9月3日）&lt;br /&gt;
* 森岡昌純（在任期間1876年9月9日～1885年4月7日）&lt;br /&gt;
* 内海忠勝（在任期間1885年4月18日～1889年12月26日）&lt;br /&gt;
* [[林董]]（在任期間1889年12月26日～1891年6月15日）&lt;br /&gt;
* 周布公平（在任期間1891年6月15日～1897年4月7日）&lt;br /&gt;
* 大森鍾一（在任期間1897年4月7日～1900年10月25日）&lt;br /&gt;
* 服部一三（在任期間1900年10月25日～1916年4月28日）&lt;br /&gt;
* 清野長太郎（在任期間1916年4月28日～1919年4月18日）&lt;br /&gt;
* [[有吉忠一]]（在任期間1919年4月18日～1922年6月16日）&lt;br /&gt;
* 折原巳一郎（在任期間1922年6月17日～1923年10月25日）&lt;br /&gt;
* 平塚廣義（在任期間1923年10月25日～1925年9月16日）&lt;br /&gt;
* 山縣治郎（在任期間1925年9月16日～1927年5月17日）&lt;br /&gt;
* 長 延連（在任期間1927年5月17日～1929年7月5日）&lt;br /&gt;
* 高橋守雄（在任期間1929年7月5日～1931年1月20日）&lt;br /&gt;
* 岡 正雄（在任期間1931年1月20日～1931年8月28日）&lt;br /&gt;
* 小柳牧衞（在任期間1931年8月28日～1931年12月18日）&lt;br /&gt;
* 白根竹介（在任期間1931年12月18日～1935年1月15日）&lt;br /&gt;
* 湯沢三千男（在任期間1935年1月15日～1936年3月13日）&lt;br /&gt;
* 岡田周造（在任期間1936年3月13日～1938年6月24日）&lt;br /&gt;
* 關屋延之助（在任期間1938年6月24日～1939年4月17日）&lt;br /&gt;
* 坂 千秋（在任期間1939年4月17日～1942年6月15日）&lt;br /&gt;
* 成田一郎（在任期間1942年6月15日～1945年1月6日）&lt;br /&gt;
* 藤岡長敏（在任期間1945年1月6日～1945年4月21日）&lt;br /&gt;
* 持永義夫（在任期間1945年4月21日～1945年10月27日）&lt;br /&gt;
* 齋藤 亮（在任期間1945年10月27日～1946年1月25日）&lt;br /&gt;
* 岸田幸雄（在任期間1946年1月25日～1947年3月14日）&lt;br /&gt;
* 遠藤直人（在任期間1947年3月14日～1947年4月12日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴代兵庫県知事（公選後） ===&lt;br /&gt;
* 岸田幸雄（在任期間1947年4月12日～1954年11月5日 当選回数2回）&lt;br /&gt;
* 阪本 勝（在任期間1954年12月2日～1962年10月6日 当選回数2回）&lt;br /&gt;
* 金井元彦（在任期間1962年11月24日～1970年11月23日 当選回数2回）&lt;br /&gt;
* 坂井時忠（在任期間1970年11月24日～1986年11月23日 当選回数4回）&lt;br /&gt;
* [[貝原俊民]]（在任期間1986年11月24日～2001年7月31日 当選回数4回）&lt;br /&gt;
* [[井戸敏三]]（在任期間2001年8月1日～現職 当選回数2回）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 議会 ==&lt;br /&gt;
=== 兵庫県議会 ===&lt;br /&gt;
* 定数 93人&lt;br /&gt;
* 任期 [[2003年]][[6月11日]]から[[2007年]][[6月10日]]まで&lt;br /&gt;
*:1995年の阪神・淡路大震災による影響で1995年の県議会議員選挙が延期されたため他道府県と任期が若干異なるが、以降の選挙では統一地方選挙の日に投票が行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 構成 ====&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!会派名&lt;br /&gt;
!議員数&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|47&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ひょうご・県民連合&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|19&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[公明党]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|11&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[日本共産党]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|8&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|21世紀クラブ&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|無所属&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|4&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|欠員&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 選挙区 ====&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!選挙区名!!定数&lt;br /&gt;
!選挙区名!!定数&lt;br /&gt;
!選挙区名!!定数&lt;br /&gt;
!選挙区名!!定数&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市東灘区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|明石市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|4&lt;br /&gt;
|宝塚市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|朝来市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市灘区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|西宮市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|7&lt;br /&gt;
|三木市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|淡路市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市中央区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|洲本市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|高砂市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|宍粟市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市兵庫区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|芦屋市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|川西市及び川辺郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|加東市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市北区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|伊丹市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|小野市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|多可郡&amp;lt;sub&amp;gt;(3)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市長田区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|相生市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|三田市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|加古郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市須磨区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|豊岡市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|加西市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|飾磨郡&amp;lt;sub&amp;gt;(1)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市垂水区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|加古川市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|4&lt;br /&gt;
|篠山市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|神崎郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|神戸市西区&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|3&lt;br /&gt;
|龍野市&amp;lt;sub&amp;gt;(2)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|養父市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|揖保郡&amp;lt;sub&amp;gt;(2)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|姫路市&amp;lt;sub&amp;gt;(1)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|8&lt;br /&gt;
|赤穂市及び赤穂郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|丹波市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|佐用郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|尼崎市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|8&lt;br /&gt;
|西脇市&amp;lt;sub&amp;gt;(3)&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|南あわじ市&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|1&lt;br /&gt;
|美方郡&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot;|2&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
# 姫路市選挙区は従前の姫路市、旧安富町、旧香寺町の区域、飾磨郡選挙区は旧家島町・旧夢前町の区域となる。次回（2007年予定）の選挙までは姫路市選挙区・飾磨郡選挙区は統合されない。&lt;br /&gt;
# 龍野市選挙区はたつの市のうち旧龍野市の区域、揖保郡選挙区は太子町とたつの市の旧新宮町・旧揖保川町・旧御津町の区域で次回（2007年予定）の選挙では選挙区は変更されない。&lt;br /&gt;
# 西脇市選挙区は西脇市のうち旧黒田庄町を除く区域、多可郡選挙区は多可町と旧黒田庄町の区域で次回（2007年予定）の選挙までは選挙区は変更されない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地域 ==&lt;br /&gt;
以下の29市8郡12町がある。町の読み方はすべて「ちょう」。なお、村は1962年に消滅している。以下に付記した人口は、2006年8月1日現在の県民局地域別の推計人口[http://web.pref.hyogo.jp/ac08/ac08_5_000000004.html]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 神戸県民局 ===&lt;br /&gt;
1市（9区） 152&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8786&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
*[[神戸市]]：[[東灘区]] - [[灘区]] - [[中央区 (神戸市)|中央区]] - [[兵庫区]] - [[北区 (神戸市)|北区]] - [[長田区]] - [[須磨区]] - [[垂水区]] - [[西区 (神戸市)|西区]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 阪神北県民局 ===&lt;br /&gt;
4市1郡1町 71&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4031&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[伊丹市]]&lt;br /&gt;
* [[宝塚市]]&lt;br /&gt;
* [[川西市]]&lt;br /&gt;
* [[三田市]]&lt;br /&gt;
* [[川辺郡 (兵庫県)|川辺郡]]：[[猪名川町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 阪神南県民局 ===&lt;br /&gt;
3市 102&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4148&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[尼崎市]]&lt;br /&gt;
* [[西宮市]]&lt;br /&gt;
* [[芦屋市]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東播磨県民局 ===&lt;br /&gt;
3市1郡2町 71&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7852&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[明石市]]&lt;br /&gt;
* [[加古川市]]&lt;br /&gt;
* [[高砂市]]&lt;br /&gt;
* [[加古郡]]：[[稲美町]] - [[播磨町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 北播磨県民局 ===&lt;br /&gt;
5市1郡1町 29&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;0111&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[三木市]]&lt;br /&gt;
* [[西脇市]]&lt;br /&gt;
* [[小野市]]&lt;br /&gt;
* [[加西市]]&lt;br /&gt;
* [[加東市]]&lt;br /&gt;
* [[多可郡]]：[[多可町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中播磨県民局 ===&lt;br /&gt;
1市1郡3町 58&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;3670&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[姫路市]]&lt;br /&gt;
* [[神崎郡 (兵庫県)|神崎郡]]：[[神河町]] - [[市川町]] - [[福崎町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 西播磨県民局 ===&lt;br /&gt;
[[画像:西播磨県民局.jpg|thumbnail|220px|西播磨県民局（[[播磨科学公園都市]]内）]]&lt;br /&gt;
4市3郡3町 27&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9489&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[相生市]]&lt;br /&gt;
* [[赤穂市]]&lt;br /&gt;
* [[宍粟市]]&lt;br /&gt;
* [[たつの市]]&lt;br /&gt;
* [[揖保郡]]：[[太子町 (兵庫県)|太子町]]&lt;br /&gt;
* [[赤穂郡]]：[[上郡町]]&lt;br /&gt;
* [[佐用郡]]：[[佐用町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 但馬県民局 ===&lt;br /&gt;
3市1郡2町 18&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9479&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[豊岡市]]&lt;br /&gt;
* [[養父市]]&lt;br /&gt;
* [[朝来市]]&lt;br /&gt;
* [[美方郡]]：[[新温泉町]] - [[香美町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 丹波県民局 ===&lt;br /&gt;
2市 11&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5087&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
*[[篠山市]]&lt;br /&gt;
*[[丹波市]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 淡路県民局 ===&lt;br /&gt;
3市 14&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size: smaller;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9849&amp;lt;/span&amp;gt;人&lt;br /&gt;
* [[洲本市]]&lt;br /&gt;
* [[南あわじ市]]&lt;br /&gt;
* [[淡路市]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
=== 鉄道路線 ===&lt;br /&gt;
* 県内の連絡&lt;br /&gt;
** [[西日本旅客鉄道]]（JR西日本） [[加古川線]]、[[播但線]]&lt;br /&gt;
** [[三木鉄道]] [[三木鉄道三木線|三木線]]&lt;br /&gt;
** [[北条鉄道]] [[北条鉄道北条線|北条線]]&lt;br /&gt;
** [[阪急電鉄]] [[阪急今津線|今津線]]、[[阪急今津線|伊丹線]]、[[阪急甲陽線|甲陽線]]&lt;br /&gt;
** [[阪神電気鉄道]] [[阪神武庫川線|武庫川線]]&lt;br /&gt;
** [[神戸高速鉄道]] [[神戸高速鉄道東西線|東西線]]、[[神戸高速鉄道南北線|南北線]]&lt;br /&gt;
** [[山陽電気鉄道]] [[山陽電気鉄道本線|本線]]、[[山陽電気鉄道網干線|網干線]]&lt;br /&gt;
** [[神戸電鉄]] [[神戸電鉄有馬線|有馬線]]、[[神戸電鉄三田線|三田線]]、[[神戸電鉄粟生線|粟生線]]、[[神戸電鉄公園都市線|公園都市線]]&lt;br /&gt;
** [[北神急行電鉄]] [[北神急行電鉄北神線|北神線]]&lt;br /&gt;
** [[能勢電鉄]] [[能勢電鉄日生線|日生線]]&lt;br /&gt;
** [[神戸新交通]] [[神戸新交通ポートアイランド線|ポートアイランド線]]、[[神戸新交通六甲アイランド線|六甲アイランド線]]&lt;br /&gt;
** [[神戸市営地下鉄]]&lt;br /&gt;
* 近隣府県との連絡&lt;br /&gt;
** [[西日本旅客鉄道]] [[福知山線]]、[[JR東西線]]、[[赤穂線]]、[[姫新線]]&lt;br /&gt;
** [[北近畿タンゴ鉄道]] [[北近畿タンゴ鉄道宮津線|宮津線]]&lt;br /&gt;
** [[智頭急行]] [[智頭急行智頭線|智頭線]]&lt;br /&gt;
** [[阪急電鉄]] [[阪急神戸本線|神戸本線]]、[[阪急宝塚本線|宝塚本線]]&lt;br /&gt;
** [[阪神電気鉄道]] [[阪神本線|本線]]、[[阪神西大阪線|西大阪線]]&lt;br /&gt;
** [[能勢電鉄]] [[能勢電鉄妙見線|妙見線]]&lt;br /&gt;
* 広域的連絡&lt;br /&gt;
** [[西日本旅客鉄道]] [[山陽新幹線]]、[[東海道本線]]、[[山陽本線]]、[[山陰本線]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
==== 有料道路 ====&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;width: 90%;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[高速自動車国道]]&lt;br /&gt;
** [[名神高速道路]]&lt;br /&gt;
** [[中国自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[山陽自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[舞鶴若狭自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[播磨自動車道]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[自動車専用道路]]&lt;br /&gt;
** [[神戸淡路鳴門自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[西神自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[北近畿豊岡自動車道]]&lt;br /&gt;
** [[播但連絡道路]]&lt;br /&gt;
** [[阪神高速道路]]&lt;br /&gt;
** [[第二神明道路]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* その他の有料道路&lt;br /&gt;
** [[六甲北有料道路]]&lt;br /&gt;
** [[六甲トンネル]]&lt;br /&gt;
** [[西神戸有料道路]]&lt;br /&gt;
** [[山麓バイパス]]&lt;br /&gt;
** [[新神戸トンネル有料道路]]&lt;br /&gt;
** [[西宮北道路]]&lt;br /&gt;
** [[遠阪トンネル有料道路]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 国道 ====&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;width: 90%;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[国道2号]]&lt;br /&gt;
* [[国道9号]]&lt;br /&gt;
* [[国道28号]]&lt;br /&gt;
* [[国道29号]]&lt;br /&gt;
* [[国道43号]]&lt;br /&gt;
* [[国道171号]]&lt;br /&gt;
* [[国道173号]]&lt;br /&gt;
* [[国道174号]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[国道175号]]&lt;br /&gt;
* [[国道176号]]&lt;br /&gt;
* [[国道178号]]&lt;br /&gt;
* [[国道179号]]&lt;br /&gt;
* [[国道250号]]&lt;br /&gt;
* [[国道312号]]&lt;br /&gt;
* [[国道372号]]&lt;br /&gt;
* [[国道373号]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[国道426号]]&lt;br /&gt;
* [[国道427号]]&lt;br /&gt;
* [[国道428号]]&lt;br /&gt;
* [[国道429号]]&lt;br /&gt;
* [[国道436号]]&lt;br /&gt;
* [[国道477号]]&lt;br /&gt;
* [[国道483号]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 県道 ====&lt;br /&gt;
* [[兵庫県の県道一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
* [[阪神間山手幹線|山手幹線]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 空港 ===&lt;br /&gt;
* [[大阪国際空港]]（伊丹市）&lt;br /&gt;
* [[但馬飛行場|但馬空港]]（豊岡市）&lt;br /&gt;
* [[神戸空港]]（神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 港湾 ===&lt;br /&gt;
* [[中枢国際港湾]]：[[神戸港]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[特定重要港湾]]：神戸港（神戸市）・[[姫路港]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[重要港湾]]：[[尼崎西宮芦屋港]]（尼崎市・西宮市・芦屋市）・東播磨港（播磨町・加古川市・高砂市）&lt;br /&gt;
* その他の港湾：兵庫港・長田港・垂水港・明石港・江井ヶ島港・二見港・相生港・赤穂港・浜坂港・香住港・津居山港・岩屋港・津名港・洲本港・由良港・福良港・[[室津|室津港]]・[[坂越|坂越港]]・富島港・沼島港&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== マスメディア ==&lt;br /&gt;
=== 新聞社 ===&lt;br /&gt;
* [[神戸新聞]]&lt;br /&gt;
* [[日本海新聞]]&lt;br /&gt;
:[[新温泉町]]に支局を持っていて但馬地域向けに新聞を発行している。なお、2000年4月には姫路市に支社を開設して播磨版を発行したが、[[大阪日日新聞]]が同社傘下の朝刊紙となった関係で同年9月に閉鎖された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビ局 ===&lt;br /&gt;
放送区域は[[広域放送|近畿広域圏]]に属する。兵庫県は、地形が非常に複雑であるために県内のテレビ[[送信所]]は92局（[[毎日放送]]・[[朝日放送]]・[[よみうりテレビ]]）・93局（[[関西テレビ]]）・103局（[[サンテレビジョン]]）・188局（NHK教育）・194局（NHK総合）で本州の中では多い方である。&lt;br /&gt;
* [[NHK神戸放送局]]&lt;br /&gt;
:兵庫県のローカルニュース等を放送。&lt;br /&gt;
* サンテレビジョン（SUN-TV）&lt;br /&gt;
:[[独立UHF放送局]]であるサンテレビジョンでは、[[TXN]]系列局制作の番組が放送されないため隣接県のTXN系列局を直接受信している。広域民放4局を[[生駒山]]親局・神戸灘中継局・西宮山口中継局・川西中継局などから受信している世帯は[[テレビ大阪]]（[[県域放送|大阪府域放送]]。神戸支社:神戸市中央区下山手通7-1-24）を、広域民放4局を神戸中継局・姫路中継局・北淡垂水中継局・三木中継局・龍野中継局・相生中継局・赤穂中継局などから受信している世帯は[[テレビせとうち]]（岡山・香川）を直接受信している（それらの地域でもケーブルテレビでは[[テレビ大阪]]を再送信する場合が多い）。但馬と丹波の標高の高い地域でもテレビ大阪またはテレビせとうちが直接受信可能な場合がある。但し、尼崎市・伊丹市全域と西宮市・川西市・宝塚市・洲本市の一部地域でテレビ大阪の[[放送#放送区域|放送区域]]に入っているだけで、それ以外の地域はテレビ大阪・テレビせとうち共に放送区域から外れてしまうため、素子数の多いUHFアンテナ（世帯によってはパラスタック型）を設置しなければ直接受信出来ない世帯が多い。それ以外の大半の地域は[[BSジャパン]]を通じてしか見ることが出来ない。&lt;br /&gt;
西部（明石市、加古川市、姫路市、たつの市、赤穂市など）の一部では、岡山県・香川県のTSC以外の民放（[[山陽放送]]、[[岡山放送]]、[[西日本放送]]、[[瀬戸内海放送]]）が受信できる地域が存在する。&lt;br /&gt;
他に、淡路島南部（南あわじ市）では、[[徳島県]]の放送局（[[四国放送]]と[[NHK徳島放送局]]）が受信できることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ケーブルテレビ ====&lt;br /&gt;
[[:Category:兵庫県のケーブルテレビ局|兵庫県のケーブルテレビ局]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ局 ===&lt;br /&gt;
放送区域は近畿広域圏に属するが、在阪民放3局（[[ABCラジオ]]・[[MBSラジオ]]・[[ラジオ大阪]]）は北部に関して中継局が無いために受信状態が良くない。&amp;lt;br /&amp;gt;南部も特に播磨地区では受信状態は芳しくない。南部を中心に徳島県の[[四国放送]]の受信が可能。&lt;br /&gt;
* AM放送局&lt;br /&gt;
** [[ラジオ関西]]&lt;br /&gt;
* FM放送局&lt;br /&gt;
** [[Kiss-FM KOBE]]&lt;br /&gt;
*:[[JAPAN FM NETWORK]]系列。&lt;br /&gt;
** [[関西インターメディア]]（FM CO・CO・LO）&lt;br /&gt;
*:県内は神戸市、尼崎市のみ。&lt;br /&gt;
** [[NHK神戸放送局]]&lt;br /&gt;
*:NHKラジオ第一放送・第二放送は南部は大阪から受信する。北部は中継局（[[豊岡市|豊岡]]・[[香美町|香住]]）有り。（但し香住は第一放送のみ）&lt;br /&gt;
**各[[コミュニティFM]]&lt;br /&gt;
*:[[ラジネットひょうご]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従来、兵庫県を[[放送対象地域]]とする民間放送局は、中波 (AM) 、超短波 (FM) 、テレビジョン (TV) の3つ全てが独立放送局であったが、2003年にKiss-FM KOBEがJFNに加盟。これに伴い、3つ全てが独立放送局である都道府県は[[神奈川県]]のみとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 教育 ==&lt;br /&gt;
=== 県の教育 ===&lt;br /&gt;
* 兵庫県は、昔から[[教育]]に関して他[[自治体]]と異なる特色を持っている。&lt;br /&gt;
* 公立高校の入試方法が他[[教育委員会]]と異なっているために「兵庫方式」と呼ばれている。&lt;br /&gt;
* [[自然学校]]（林間・臨海学校）を県の行事として行っている。他都道府県は主に学校行事として行うが、自然学校は県の行事のため多額の補助金も出る。小学５年生が対象。&lt;br /&gt;
* [[トライやるウィーク]]を中学生対象に職業体験を1週間行う。他県と比べても長期である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国公立大学 ===&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;width: 90%;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[神戸大学]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫教育大学]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸商科大学]]（兵庫県立大学の前身）&lt;br /&gt;
* [[姫路工業大学]]（兵庫県立大学の前身）&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立看護大学]]（兵庫県立大学の前身）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[神戸市外国語大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸市看護大学]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高等専門学校 ===&lt;br /&gt;
* [[明石工業高等専門学校]]&lt;br /&gt;
* [[神戸市立工業高等専門学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 私立大学 ===&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;width: 90%;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[関西学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[甲南大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸学院大学]]&lt;br /&gt;
* [[姫路獨協大学]]&lt;br /&gt;
* [[宝塚造形芸術大学]]&lt;br /&gt;
* [[甲子園大学]]&lt;br /&gt;
* [[英知大学]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫医科大学]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[聖和大学]]&lt;br /&gt;
* [[大手前大学]]&lt;br /&gt;
* [[芦屋大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸薬科大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸山手大学]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫医療大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸夙川学院大学]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[流通科学大学]]&lt;br /&gt;
* [[神戸芸術工科大学]]&lt;br /&gt;
* [[関西国際大学]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫大学]]&lt;br /&gt;
* [[近大姫路大学]]&lt;br /&gt;
* [[関西福祉大学]]&lt;br /&gt;
* [[順心会看護医療大学]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 女子大学・短期大学 ===&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;width: 90%;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
*[[園田学園女子大学]]&lt;br /&gt;
*[[武庫川女子大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸女学院大学]]&lt;br /&gt;
*[[甲南女子大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸松蔭女子学院大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸海星女子学院大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸親和女子大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸女子大学]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
*[[湊川短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[東洋食品工業短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[大手前短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[大阪芸術大学短期大学部]]&lt;br /&gt;
*[[産業技術短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[甲子園短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[夙川学院短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[芦屋女子短期大学]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top; width: 30%;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
*[[頌栄短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸山手短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸女子短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸常盤短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[神戸文化短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[兵庫大学短期大学部]]&lt;br /&gt;
*[[姫路日ノ本短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[賢明女子学院短期大学]]&lt;br /&gt;
*[[近畿大学豊岡短期大学]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 本県のスポーツクラブ ==&lt;br /&gt;
* [[阪神タイガース]]（西宮市・[[大阪市]]）&lt;br /&gt;
* [[オリックス・バファローズ]]（神戸市・大阪市）&lt;br /&gt;
: ※[[オリックス・ブルーウェーブ]]と[[大阪近鉄バファローズ]]の合併に伴い、2007年まで上記2チームは暫定的に当県と大阪府をフランチャイズとする&lt;br /&gt;
* [[久光製薬スプリングス]]（神戸市・[[佐賀県]][[鳥栖市]]）&lt;br /&gt;
: ※加盟は[[久光製薬]]の本社がある佐賀県バレー連盟。チームの練習拠点は久光チームの合併相手・[[ダイエー]]オレンジアタッカーズの本拠だった神戸市にある&lt;br /&gt;
* [[JTマーヴェラス]]（[[西宮市]]）&lt;br /&gt;
* [[神戸製鋼コベルコスティーラーズ]]&lt;br /&gt;
* [[ヴィッセル神戸]]&lt;br /&gt;
* [[ノーリツ]]女子陸上競技部&lt;br /&gt;
* [[日光神戸アイスバックス]]（2005年度より神戸市をサブホームタウンとする）&lt;br /&gt;
* [[SRC神戸ファイニーズ]]（アメリカンフットボール[[Xリーグ]]、2006年度秋季より「神戸ファイニーズ」からチーム名を変更）&lt;br /&gt;
* [[ワールドファイティングブル]]（神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 有形文化財建造物 ==&lt;br /&gt;
;世界文化遺産&lt;br /&gt;
*[[姫路城]]&lt;br /&gt;
;国宝&lt;br /&gt;
*姫路城 - 大天守、乾小天守、西小天守、東小天守、イ・ロ・ハ・ニの渡櫓&lt;br /&gt;
*[[一乗寺]] - 三重塔&lt;br /&gt;
*[[鶴林寺 (加古川市)|鶴林寺]] - 太子堂、本堂&lt;br /&gt;
*[[浄土寺 (小野市)|浄土寺]] - 浄土堂&lt;br /&gt;
*[[太山寺 (神戸市)|太山寺]] - 本堂&lt;br /&gt;
*[[朝光寺]] - 本堂&lt;br /&gt;
;重要伝統的建造物群保存地区&lt;br /&gt;
*[[北野町山本通]] （神戸市）&lt;br /&gt;
*[[篠山]] （篠山市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 県立の文化施設 ==&lt;br /&gt;
* [[兵庫県公館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立淡路島公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立淡路夢舞台国際会議場]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立嬉野台生涯教育センター]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立兎和野高原野外教育センター]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立海洋体育館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立木の殿堂]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立芸術文化センター]]&lt;br /&gt;
* [[ピッコロシアター]]（兵庫県立尼崎青少年創造劇場）&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立こどもの館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立但馬ドーム]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立丹波年輪の里]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立陶芸館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立図書館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立いえしま自然体験センター]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立美術館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立美術館 原田の森ギャラリー]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立人と自然の博物館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立歴史博物館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立武道館]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立六甲山自然保護センター]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立フラワーセンター]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立西はりま天文台]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立西はりま天文台公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立明石公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立明石西公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立赤穂海浜公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立高砂海浜公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立甲山森林公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立三木山森林公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立コウノトリの郷公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立一庫公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立淡路香りの公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立但馬牧場公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立播磨中央公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立北播磨余暇村公園]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県立淡路佐野運動公園]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 兵庫県を舞台にした作品 ==&lt;br /&gt;
以下は、「作品名（作者または制作/舞台となった都市）」の順に記述&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 文学・小説 ===&lt;br /&gt;
* 青が散る（[[宮本輝]]/神戸市・大阪府）&lt;br /&gt;
* [[あした来る人]]（[[井上靖]]/西宮市）&lt;br /&gt;
* [[お登勢]]（[[船山馨]]/洲本市）&lt;br /&gt;
* 兎の眼（灰谷健次郎/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[華麗なる一族]]（[[山崎豊子]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* 城崎にて（[[志賀直哉]]/城崎町）&lt;br /&gt;
* [[件|くだん]]のはは（[[小松左京]]/西宮市）&lt;br /&gt;
* 細雪（[[谷崎潤一郎]]/芦屋市- 西宮市）&lt;br /&gt;
* 少年H（[[妹尾河童]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[白い牙]]（[[井上靖]]/芦屋市）&lt;br /&gt;
* 青雲の軸（[[陳舜臣]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[涼宮ハルヒシリーズ]]（[[谷川流]]・[[いとうのいぢ]]/西宮市）&lt;br /&gt;
* 太陽の子（灰谷健次郎/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[菜の花の沖]]（[[司馬遼太郎]]/洲本市）&lt;br /&gt;
* 天の瞳（[[灰谷健次郎]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[火垂るの墓]]（[[野坂昭如]]/神戸市 - 西宮市）&lt;br /&gt;
* [[猟銃]]（[[井上靖]]/芦屋市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン]]（[[大映]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* 明日への架け橋 明石海峡大橋総集編&lt;br /&gt;
* 花の降る午後（宮元輝、[[角川春樹事務所]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[男はつらいよ 寅次郎紅の花]]（[[山田洋次]]・[[松竹]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け]]（山田洋次・松竹/たつの市）&lt;br /&gt;
* [[宇宙怪獣ガメラ]]&lt;br /&gt;
* [[華麗なる一族 (映画)|華麗なる一族]]（山崎豊子原作・[[山本薩夫]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* すきなんやこの町が 1995 神戸 ある避難所の記録&lt;br /&gt;
* すきなんやこの町がパート2&lt;br /&gt;
* [[ゴジラvsスペースゴジラ]]（1994年/一部神戸）&lt;br /&gt;
* [[瀬戸内少年野球団]]（[[阿久悠]]/淡路島）&lt;br /&gt;
* 瀬戸内ムーンライト・セレナーデ（阿久悠/神戸市）&lt;br /&gt;
* 走れ!イチロー（[[大森一樹]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[火垂るの墓]]（[[スタジオジブリ]]/主に神戸市灘区 - 西宮市）&lt;br /&gt;
* ミスタールーキー（2002年）&lt;br /&gt;
* [[ウルトラマンメビウス&amp;amp;ウルトラ兄弟]]（配給・松竹/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ありがとう (映画)|ありがとう]]（配給・[[東映]]/神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===テレビドラマ===&lt;br /&gt;
* [[甘辛しゃん]]（NHK/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[華麗なる一族 (テレビドラマ 1974年)|華麗なる一族]]（山崎豊子原作・毎日放送・東宝テレビ部/神戸市、1974年）&lt;br /&gt;
* [[華麗なる一族 (テレビドラマ 2007年)|華麗なる一族]]（山崎豊子原作・TBS/神戸市、2007年）&lt;br /&gt;
* [[少年H]]（フジテレビ・妹尾河童/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[デザイナー (漫画)|デザイナー]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[火垂るの墓]]（野坂昭如・[[日本テレビ]]/主に神戸市灘区 - 西宮市）&lt;br /&gt;
* [[夢千代日記]]（NHK/美方郡）&lt;br /&gt;
* [[わかば (朝ドラ)|わかば]]（NHK/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ぴあの]]（NHK/宝塚市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画・アニメ ===&lt;br /&gt;
* [[アドルフに告ぐ]]（[[手塚治虫]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[お願いアルカナ]]（[[中垣慶]]）&lt;br /&gt;
* ぐるっと明石 （[[伊藤太一]]/明石市）&lt;br /&gt;
* [[月下の棋士]]（[[能條純一]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[攻殻機動隊]]（[[士郎正宗]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[高校鉄拳伝タフ]]（[[猿渡哲也]]/神戸市・明石市）&lt;br /&gt;
* [[神戸在住]]（[[木村紺]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[サード・ガール]]（[[西村しのぶ]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[涼宮ハルヒの憂鬱]]（谷川流/西宮市）&lt;br /&gt;
* [[地球少女アルジュナ]]（[[サテライト]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* [[阪神大震災物語]]&lt;br /&gt;
* [[Fate/stay night]]（[[TYPE-MOON]]/神戸市・明石市）&lt;br /&gt;
* [[火垂るの墓]]（[[野坂昭如]]・[[スタジオジブリ]]/神戸市 - 西宮市）&lt;br /&gt;
* RUSH!（西村しのぶ/神戸市）&lt;br /&gt;
* LINE（西村しのぶ/神戸市）&lt;br /&gt;
* わが町・神戸（伊藤太一/神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 音楽 ===&lt;br /&gt;
* そして神戸（[[内山田洋とクール・ファイブ]]→[[前川清]]/神戸市）&lt;br /&gt;
* 六甲おろし（[[阪神タイガースの歌]]/西宮市）&lt;br /&gt;
* 渚にまつわるエトセトラ（[[パフィー]]/神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ゲーム ===&lt;br /&gt;
* [[スナッチャー]]（[[コナミ]]/神戸）&lt;br /&gt;
* [[ポートピア連続殺人事件]]（[[エニックス]]/神戸市・洲本市）&lt;br /&gt;
* [[神戸恋愛物語]]（[[ザインソフト]]/神戸市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 兵庫県で撮影された作品 ===&lt;br /&gt;
兵庫県は様々な景色を持つため多くの映像産業に積極的に協力している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 映画 ====&lt;br /&gt;
* [[サヨナラ (映画)|サヨナラ]]（1957年、アメリカ） - 神戸港・大阪国際空港&lt;br /&gt;
* [[007は二度死ぬ]]（1967年、アメリカ） - 姫路城&lt;br /&gt;
* [[乱 (映画)|乱]]（1985年） - 姫路城&lt;br /&gt;
* [[リターナー]]（2002年） - [[神戸大橋]]・関西電力姫路発電所他&lt;br /&gt;
* [[ラストサムライ]]（2003年、アメリカ） - 書写山&lt;br /&gt;
* [[風のファイター]]（2004年、韓国)&lt;br /&gt;
* [[ウルトラマンメビウス&amp;amp;ウルトラ兄弟]]（2006年）- 神戸空港・六甲山牧場・須磨海浜水族園・布引ハーブ園、他&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== テレビドラマ ====&lt;br /&gt;
* [[大奥 (テレビドラマ)#2005年製作・作品内容|大奥～華の乱～]]（2005年、フジテレビ） - 姫路城&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 兵庫県に本社を置く企業 ==&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[アシックス]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* [[伊藤ハム]]（西宮市）&lt;br /&gt;
* [[エスフーズ]]（西宮市）&lt;br /&gt;
* [[オリバーソース]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* [[川崎重工業]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[極東開発工業]]（西宮市）&lt;br /&gt;
* [[キング醸造]]（稲美町）&lt;br /&gt;
* [[グローリー (企業)|グローリー]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[神戸製鋼所]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[神戸物産]]（稲美町）&lt;br /&gt;
* [[コープこうべ]]（神戸市東灘区）&lt;br /&gt;
* [[御座候]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[小西酒造]]（伊丹市）&lt;br /&gt;
* [[サンテレビジョン]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* [[山陽電気鉄道]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[山陽特殊製鋼]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* ショーワグローブ（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[神姫バス]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[新明和工業]]（宝塚市）&lt;br /&gt;
* [[住友ゴム工業]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* [[田崎真珠]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[TUNE GUITAR MANIAC]]（尼崎市）&lt;br /&gt;
* [[帝国電機製作所]]（たつの市）&lt;br /&gt;
* [[TOA (企業)|TOA]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[トーカロ]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[トーホー]]（神戸市東灘区）&lt;br /&gt;
* トーラク株式会社&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
* [[東リ]]（伊丹市）&lt;br /&gt;
* [[西松屋]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* 日本ジャイアントタイヤ（たつの市）&lt;br /&gt;
* [[日本丸天醤油]]（たつの市）&lt;br /&gt;
* [[ネスレ日本]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* [[ノーリツ]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[白鶴酒造]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[播磨屋本店]]（朝来市）&lt;br /&gt;
* バンドー化学（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[兵庫県手延素麺協同組合]]（たつの市）&lt;br /&gt;
* [[日和山観光]]（[[かに道楽]]の[[親会社]]・豊岡市）&lt;br /&gt;
* [[ヒラキ]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[フジッコ]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[プロクター・アンド・ギャンブル]]・ジャパン（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[富士通テン]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ブンセン]]（たつの市）&lt;br /&gt;
* マルヤナギ小倉屋柳本（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[三ツ星ベルト]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ミドリ電化]]（尼崎市）&lt;br /&gt;
* [[ヤマサ蒲鉾]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[三星食品]]（姫路市）&lt;br /&gt;
* [[UCC上島珈琲]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ユーハイム]]（神戸市）&lt;br /&gt;
* ロックフィールド（神戸市）&lt;br /&gt;
* [[ワールド (企業)|ワールド]]（神戸市中央区）&lt;br /&gt;
* ケンミン食品 （神戸市中央区）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==県内に工場を置く企業==&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--一見して、日本ベーリンガーインゲルハイムなどの肝心な主要企業が抜けているので、一旦コメントアウトします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　上の文に関して、記載企業が兵庫県に本社を置いているのが間違い無いのであれば、コメントアウトの必要は無いし、理由にもならないと思います。記載されていないものに関しては、気付いた方が足していけばいいと思います。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[旭硝子]]（尼崎市、高砂市）&lt;br /&gt;
*[[アサヒビール]]（西宮市）&lt;br /&gt;
*[[アース製薬]]（赤穂市）&lt;br /&gt;
*[[石川島播磨重工業]]（相生市）&lt;br /&gt;
*[[エースコック]]（たつの市、加東市）&lt;br /&gt;
*[[江崎グリコ]]（神戸市西区、三木市）&lt;br /&gt;
*[[キッコーマン]]（高砂市）&lt;br /&gt;
*[[キリンビール]]（神戸市北区）&lt;br /&gt;
*[[サントリー]]（高砂市）&lt;br /&gt;
*[[三洋電機]]（加西市、洲本市）&lt;br /&gt;
*[[新キャタピラー三菱]]（明石市）&lt;br /&gt;
*[[新日本製鐵]]（姫路市）&lt;br /&gt;
*[[扇雀飴本舗]]（姫路市）&lt;br /&gt;
*[[ダイセル化学工業]]（尼崎市、姫路市、たつの市）&lt;br /&gt;
*[[タキロン]]（たつの市、姫路市）&lt;br /&gt;
*[[椿本チエイン]]（加西市）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;vertical-align: top;&amp;quot;|&lt;br /&gt;
*[[東芝]]（姫路市、太子町）&lt;br /&gt;
*[[凸版印刷]]（福崎町）&lt;br /&gt;
*[[日本毛織]]（加古川市）&lt;br /&gt;
*[[日本ハム]]（小野市、加古川市）&lt;br /&gt;
*[[松下電器産業]]（尼崎市、加東市）&lt;br /&gt;
*[[森永製菓]]（尼崎市）&lt;br /&gt;
*[[三菱重工業]]（高砂市、神戸市兵庫区）&lt;br /&gt;
*[[三菱製紙]]（高砂市）&lt;br /&gt;
*[[三菱電機]]（尼崎市、三田市、神戸市兵庫区、姫路市、赤穂市）&lt;br /&gt;
*[[富士通]]（明石市）&lt;br /&gt;
*[[モリタ]]（三田市）&lt;br /&gt;
*[[ヤンマー]]（尼崎市）&lt;br /&gt;
*[[ユニチカ]]（赤穂市）&lt;br /&gt;
*[[ライオン]]（明石市）&lt;br /&gt;
*[[リンテック]]（たつの市）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--=== 貸金業の登録について ==&lt;br /&gt;
兵庫県では[[貸金業]]登録の際、知事ではなく本店所在地の県民局長が登録権者となる。従って登録番号は「兵庫県神戸県民局長(1)第12345号」となり、「兵庫県知事(1)第12345号」というのは存在しない。!--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[兵庫県出身の有名人一覧]]&lt;br /&gt;
* [[兵庫県高等学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[:Category:兵庫県の建築物・観光名所|兵庫県の建築物・観光名所]]&lt;br /&gt;
** [[:Category:兵庫県の自然景勝地|兵庫県の自然景勝地]]&lt;br /&gt;
* [[ひょうごの森百選]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 環境保全 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://web.pref.hyogo.jp/ 兵庫県ホームページ]&lt;br /&gt;
*[http://www.sichouyouran.jp/ 兵庫県市町要覧] - （財）兵庫県自治協会&lt;br /&gt;
*[http://www.stat.go.jp/data/ssds/5.htm 社会生活統計指標－都道府県の指標] - 総務省統計局&lt;br /&gt;
*[http://www.hyogo-tourism.jp/ ひょうごツーリズムガイド] - 社団法人ひょうごツーリズム協会&lt;br /&gt;
*[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県[[たつの市]]（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の都道府県}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の都道府県|ひようこけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.163.188.201</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://34.219.76.139/mediawiki/index.php?title=%E9%98%AA%E7%A5%9E%E3%83%BB%E6%B7%A1%E8%B7%AF%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD&amp;diff=42180</id>
		<title>阪神・淡路大震災</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://34.219.76.139/mediawiki/index.php?title=%E9%98%AA%E7%A5%9E%E3%83%BB%E6%B7%A1%E8%B7%AF%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD&amp;diff=42180"/>
				<updated>2008-11-15T08:01:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.163.188.201: /* 外部リンク */ *[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県たつの市（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses|兵庫県南部地震の'''被害'''|阪神・淡路大震災の'''地震'''|兵庫県南部地震}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''阪神・淡路大震災'''（はんしん・あわじだいしんさい、Great Hanshin-Awaji Earthquake）は、[[1995年|1995年（平成7年）]][[1月17日]][[火曜日|（火）]]午前5時46分に発生した[[兵庫県南部地震]]による大規模[[災害]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
この[[震災]]の直接の原因となった地震を、[[気象庁]]は「'''[[兵庫県南部地震|平成7年（1995年）兵庫県南部地震]]'''」と命名した。英語では「1995 South Hyogo Prefecture Earthquake」と呼ばれる。発生時刻は日本時間1月17日午前5時46分52秒。震源・規模は[[淡路島]]北部深さ16km、マグ二チュード7.3である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[淡路島]]、列びに[[阪神]]間（[[神戸市|神戸]]・[[芦屋市|芦屋]]・[[西宮市|西宮]]・[[宝塚市|宝塚]]・[[尼崎市|尼崎]]・[[伊丹市|伊丹]]・[[豊中市|豊中]]・[[川西市|川西]]・[[池田市|池田]]など）を中心に大きな被害をもたらし、特に神戸市街地は壊滅状態に陷った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地震による揺れは、阪神間及び淡路島の一部で'''震度7'''の揺れを観測した他、東は[[小名浜]]、西は[[佐世保市|佐世保]]、北は[[新潟市|新潟]]、南は[[鹿児島市|鹿児島]]までの広い範囲で観測され、[[第二次世界大戦]]後の日本国内で最大の震災とな&amp;lt;!--り、また近畿地方では[[1927年]]の「[[北丹後地震]]」以来68年ぶりとなる大地震とな（大地震の定義が不明。1946年の南海地震はマグニチュード8、死者は近畿地方でも200名以上）--&amp;gt;った。被害の特徴としては、都市型の直下地震による災害ということがあげられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Earthquake_kobe_0001.jpg|frame|right|（瞬時にして倒壊した家屋 神戸市灘区 1995年1月）]]&lt;br /&gt;
* 死者 : 6,435名 行方不明者 : 3名 負傷者 : 43,792名&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
死者のうち[[兵庫県]]は6,402名（99.5%）・兵庫県外32名（0.5%）、負傷者のうち重傷者は兵庫県10,494名（98.2%）・兵庫県外189名 （1.8%）、軽傷者 : 兵庫県29,598名（89.4%）・兵庫県外3,511名（10.6%）（死者の県内県外の比率から見て兵庫県内の負傷者数は混乱の中で正確にはカウントできなかったと推定される）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 避難人数 : 30万名以上&lt;br /&gt;
* 住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合''計約25万棟（約46万世帯）、一部損壊390,506棟&lt;br /&gt;
* 火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損（非住家・住家共）合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯&lt;br /&gt;
* その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所&lt;br /&gt;
* 被害総額 : 10兆円規模&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--死者、住家被害、[[火災]]被害、その他被害の数値は消防庁発表「阪神・淡路大震災について（第107報）」（2003/12/25）による--&amp;gt;&lt;br /&gt;
大都市を直撃した都市型災害としては[[関東大震災]]以来であり、道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話など[[ライフライン]]は寸断され広範囲で全く機能しなくなった。これ以降都市型災害及び地震対策を語る上で「ライフライン」の早期の復旧、「[[活断層]]」などへの配慮、建築工法上の留意点、「[[仮設住宅]]」「[[罹災認定]]」等の行政の対策、などが注目されるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと、[[日本]]は地震大国であり、日本の[[建築物|大型建築物]]は大地震にも堪えうる構造であるとされていたが、[[1986年]]以前に建てられた[[ビル]]や[[マンション]]、[[病院]]、[[鉄道]]の[[駅舎]]などで広範囲にわたり倒壊・全半壊が多くみられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に、神戸市[[長田区]]においては[[火災]]の被害が甚大で地震直後に発生した火災に伴う[[火災旋風]]が確認されている。これにより近隣の建物に次々と延焼して[[須磨区]]東部から[[兵庫区]]にかけての広い範囲にわたり6,000棟を越す建物が焼失した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
消火活動においても上水道の断水が発生する。わずかな[[防火貯水槽]]を探しているうちに炎が延焼して被害が大きくなる結果となった。[[消防局]]の消防士が断水により炎の近くで消防水がでないホースをもって立ちつくす姿が報道映像として残されている。当時の消防局には、進出路の瓦礫を除去して[[消防車]]を現場へ啓開する車両、消防ヘリコプターが充分に配備されていなく、現場への到着が遅れて重要な初期消火に失敗している。&lt;br /&gt;
また、瓦礫の下の被災者を救出する車両が不充分であったほか、[[ドクターヘリ]]（救急ヘリ）での搬送も少なかった（62人/1週間（内、17人/3日間））&amp;lt;ref&amp;gt;[http://business3.plala.or.jp/hem-net/index.html HEM-Net]&amp;lt;/ref&amp;gt;ので死傷者の救出・搬送が遅れることとなった。また、走行する自動車によって道路上の消火ホースが踏まれるという問題がみられた。震災後、兵庫県、神戸市においては防火貯水槽が整備されて消防へのヘリコプターの活用が検討された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西宮市においては住宅街に面した山腹の斜面において大規模な[[地滑り]]が起こり、多くの人々が犠牲になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これほどの被害であったのにもかかわらず、多くの研究者・専門家の間においては、「犠牲者については、地震が冬季の未明の発生であったために最低限である6,000人に抑えられている」との意見がある。もし、地震が1時間遅く発生していたとすると死者は20,000人を超えていたとみられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 建造物・交通 ===&lt;br /&gt;
[[阪神高速道路]][[阪神高速道路3号神戸線|神戸線]]の倒壊は、震災の甚大な被害を象徴するものとして世界中の[[新聞]]の一面に大きくあつかわれた。[[ロマ・プリエタ地震]]（サンフランシスコ）、[[ノースリッジ地震]]（ロサンゼルス）などで倒壊した[[高速道路]]をみても日本においては安全であるといわれていたが、海外での高速道路の倒壊も[[縦揺れ]]に弱い構造であったためにそれらを教訓として生かされていなかったことが大きな被害へといたったことになる。「倒壊した高速道路が、倒壊する寸前に波打っていた」という目撃談話が報道番組で報じられている。前述の神戸市[[東灘区]]深江地区においての高速道路の倒壊は手抜き工事が原因しているとみられている例でもある。[[山陽新幹線]]においても[[橋脚]]の倒壊と倒壊箇所の調査から手抜き工事の痕跡が見つかっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[地下]]の[[神戸高速鉄道東西線]]の[[大開駅]]が崩壊したために、その上の[[国道28号]]において陥没が発生した。直後の[[交通規制]]などが迅速に行われずに[[国道43号]]、[[国道2号]]、[[阪神間山手幹線]]などの神戸方面に至る主要幹線道路では[[渋滞|大渋滞]]が発生した。（規制しなかった理由としてはこの時の警察の方針が倒壊家屋などからの人命救助を優先していた為ではある）　震災以前は、「[[地下鉄|地下鉄道]]は地震に強い」ともいわれていたが、大開駅周辺は[[軟弱地盤]]かつ[[開削工法]]であったために、震動に揺さぶられて崩壊したと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被災地区を運行する鉄道路線のうち、最も南を走行する[[阪神電気鉄道|阪神電鉄]][[阪神本線|本線]]は、主に東灘区から[[灘区]]における高架構造である区間に大きな被害を受けている。[[御影駅 (阪神)|御影駅]]西方の[[留置線]]の車輌が横転して大きく損壊した。[[石屋川車庫]]も崩壊して地震の発生が早朝であったために前夜から留置されていた多数の車輌が崩壊に巻き込まれて損傷した。これは、この高架構造の区間が[[高度経済成長]]期の[[1967年]]に竣工した物件であって[[耐震構造]]が十分ではなかったことが原因の一つとして指摘されている。また、この区間においては、数箇所におよんで道路をまたぐ鉄橋が落下して南北にいたる道路が遮断された。その後、日本各地の[[橋梁]]において落下を防止するための補強工事が行われる契機ともなった。三宮付近の地下区間で運行中に被災した車輌と合わせて41輌もの車輌が廃棄され、一度、車庫自体を全て解体撤去した後に、工事を翌年までかけて再建せざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じ高架構造の駅舎であるホームに電車を留置した状態であった[[阪急伊丹線]][[伊丹駅 (阪急)|伊丹駅]]や[[東海道本線]]（[[JR神戸線]]）[[六甲道駅]]の崩壊した映像は、阪神高速道路が倒壊した映像と共にこの震災を象徴することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[港町]]である神戸は、[[神戸港]]も被害を受けて多くの[[埠頭]]の使用が不可能となった。また、[[神戸市]][[中央区 (神戸市)|中央区]]の[[ポートアイランド]]や[[芦屋市]]の芦屋浜、[[尼崎市]]の築地地区など[[埋め立て地]]を中心に地面が軟弱化する[[液状化現象]]が見られた。このために、海からの支援なども難しい状態となってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、建設中であった[[明石海峡大橋]]は、地震による直接的な被害は無かったものの全長が1m伸びるという事態が発生した。大橋の淡路側の山上に[[フランス革命]]200周年記念として、日仏友好[[モニュメント]]が建設予定であったが休止されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
都心にあった神戸市役所は第2庁舎の6階部分が潰れている。当時、須磨区にあった[[ラジオ関西]]の本社も被災して1996年6月に現在の場所（ハーバーランド）へと移転した。また、[[神戸新聞]]本社が置かれていた三宮の[[神戸新聞会館]]も同じく被害に遭って1996年7月に東川崎町（ハーバーランド）に移転した。（移転までの期間は、ダイヤニッセイビルを仮本社としていた。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ビル ・マンション・病院 ===&lt;br /&gt;
[[中央区 (神戸市)|中央区]]の高層ビルにおいては被害も少なかった。老朽化したビル、マンションの物件では被害も多かったものの幸いにも死者は少なかった。一部のマンションでは、火災が発生していたが隣戸に延焼することはなかった。三宮駅北側の[[三宮日本生命ビル]]の5階も崩壊し、また、傾いた状態でいた柏井ビルが、翌朝の余震で完全にフラワロードに横倒しになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長田区にある神戸市立西市民病院も中層階が圧壊して入院中の患者が閉じ込められる状態になった。また、多くの病院に多大な数の負傷者が搬送されて病院は軽度の入院患者については当日中に早期退院、または、地方に転院させるなどして病床をできるだけ確保しているが全く充足できずにロビーや待合室にソファーや布団を敷き詰めて病室とするなどの緊急処置をとっている。それでも、十分に対応しきれなかった。また、医師の数も不足して治療を待っている間に息絶えた人も多くいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 瓦屋根、木造日本家屋の危険性 ===&lt;br /&gt;
日本瓦を使い、基礎と連結していない老朽化した木造住宅でも多くの死者がでたため、以降、神戸においては新築の[[瓦]][[屋根]]はほとんどみられなくなった。日本の伝統構法の流れを汲む[[木造軸組構法]]の住宅に被害が集中して老朽化した住宅の他に新しい住宅においても[[筋交い]]などが不十分であった物件は大きな被害を受けた。坂本功著の『木造建築を見直す』という書において「死亡者のうち5000人近くは、軸組構法の住宅の下敷きによって圧死した」と述べている。古い木造住宅は年月の経過によって乾燥している点や、耐火材を使っていないなどの理由で火災の被害も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、神戸地区の木造住宅は、地震よりも[[台風]]に対応した木造住宅であり、振動に弱く瓦部分が重かったことにも起因している。なお、筋交いを多く入れてある木造住宅においては耐震性も十分にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、同じ木造住宅でも、[[プレハブ]]やツーバイフォー（[[木造枠組壁構法]]）と呼ばれる構法の住宅が耐震性を示している。3階建て住宅の被害も殆どなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 建築基準法 ===&lt;br /&gt;
耐震性を考慮に入れて[[建築基準法]]が改正された1981年以降に建てられた物件の被害が少なかったことが報告されている。結果的に、改正された建築基準法の有効性が証明されることになった。倒壊して死者のでた住宅は、1986年以前の建築物件で、当時の建築基準法で設計されていて耐震性が弱かったともいえる。震災後も、1996年、2000年、2006年と、建築基準法は改正されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 復興 ==&lt;br /&gt;
全国からさまざまな形の「救援・支援」が寄せられた。救援物資・義捐金・ボランティア活動のほか、インフラストラクチャーの復興には他府県の電力会社・ガス会社などの多くの職員が復興応援のために現地入りした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===街の復興===&lt;br /&gt;
復興事業はまずライフラインの復旧を最優先に行われた。電気は早期の復旧が可能であったが地下に埋まっている水道・ガスの復旧に時間が掛かり、4月末まで続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
復興支援物資の輸送も全国各地で受付けられた。また、交通網も、至る所で寸断されていたが、復旧よりも大量の復興支援物資を早急に送るために残された道路を優先して整備して被災地と大阪を結んでいた。神戸港も、[[ウォーターフロント]]において壊滅的な損害をだしていたが、残された海岸を利用して医療物資などの搬入を優先的に行っていた。神戸近郊の道路においては、「神戸市に行く」と言えば交通整理などで最優先で通行させてもらえるなど復興活動を支援する場面も見受けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建造物の本格的な復興事業が開始されたのは翌月に入ってからであった。この頃には多くの機材・人材が全国から駆けつけて瓦礫の撤去や再建をサポートした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神戸港に入港するほとんどの船は大阪[[南港]]などの近隣の港に迂回させられたが、神戸市が、地盤が陥没した岸壁に仮設の桟橋を設けて大阪と神戸を結び、疎開する人・復興支援者の負担を少しでも軽減する努力を行った。また、神戸の収益源である港にも支援活動が取り組まれて多くの手助けのもと神戸港は2年後の[[1997年]][[3月31日]]全ての[[埠頭]]・[[コンテナバース]]が復旧した。そして、同年[[5月19日]]に神戸港復興宣言が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===復興支援活動===&lt;br /&gt;
3月7日には、[[東京都|東京]]の[[日本武道館]]にて有志の[[ミュージシャン]]による[[チャリティー]]コンサート「MARCH OF THE MUSIC」が開催されて収益が全額寄付された。公演に参加しなかった多くのミュージシャンも、みずからのコンサートやラジオ番組で募金などの取り組みがなされた。復興と重なり合って日本の[[ジャズ]]教育が活発化する拠点ともなっている。（神戸はジャズが日本での第一歩を記した地として知られる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中央競馬]]では6月3日、4日の[[京都競馬場|京都競馬]]（1月21日、22日中止分の代替開催。4日にはGI[[宝塚記念]]が行われた）、翌年1996年7月7日の[[中山競馬場|中山]]、[[阪神競馬場|阪神]]（前年同様宝塚記念が組み入れられた）、[[札幌競馬場|札幌]][[競馬]]が復興支援開催として催されて[[投票券 (公営競技)|馬券]]の売り上げの一部が寄付された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[関西テレビ]]の[[競売|オークション]]番組『[[ハンマープライス]]』は、番組開始後すぐに震災が発生したことから収益を「震災復興支援資金」として[[日本赤十字社]]等を通じて寄贈することとなった。これは、チャリティーオークションの盛んな欧米の著名人から出品の協力を得られることにもつながり、日本にチャリティーオークションが広く知られる機会となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ボランティア活動===&lt;br /&gt;
地震直後に現地で被災者支援の[[ボランティア]]活動に参加した人の数は一日平均2万人超、3ヶ月間で延べ117万人とも言われる。被災地でのボランティア活動（専門ボランティア・情報ボランティアを含む）の重要度に対する一般の認識も飛躍的に高まった。現地には行かずに被災負傷者の為の[[献血]]・[[義捐金]]拠出・物資提供などの後方支援に携わった人々も含めると参加人数はさらに増えるものと見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このために、この年は日本における「ボランティア元年」とも言われる。後に、[[内閣]]は1月17日を「[[防災とボランティアの日]]」と定めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 命名 ==&lt;br /&gt;
1月17日の災害発生当時、気象庁は命名規定&amp;lt;ref&amp;gt;地震による顕著な被害があった場合には、気象庁長官はその地震について命名すると定めている。基準は100kmより浅い直下型でM7.0以上、同じく海洋型で7.5以上、全壊100棟程度以上など。&amp;lt;/ref&amp;gt;に基づき、地震を「'''平成7年（1995年）兵庫県南部地震（The South Hyogo prefecture Earthquake in 1995）'''」と命名。しかし、気象庁による正式命名に先立って[[毎日新聞]]が「'''阪神大震災'''」と呼び始めていた。他の報道機関のなかにもこれに追随する動きがではじめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[朝日新聞]]や[[日刊スポーツ]]では「'''関西大震災'''」と呼称していたこともある。&amp;lt;!--: 一方、[[朝日新聞]]や[[日刊スポーツ]]では「'''関西大震災'''」と長い間呼称していた。（長い間の定義不明。ソース提示要）--&amp;gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、政府が、今回の災害の規模が大きい事に加えて今後の復旧に統一的な名称が必要であるという観点や、淡路島地区の被害も大きかったことにより災害名を「'''阪神・淡路大震災'''」と呼称する事が[[2月14日]]に閣議で口頭了解され、[[2月24日]]に5年間の時限立法として「'''阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律'''（平成7年法律第12号）」が制定（即日施行）された。この時に「'''阪神・淡路大震災'''」と呼ばれるようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 防災 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Kobe port earthquake memorial park.jpg|thumb|right|270px|震災当時の状態が保存されている[[神戸港]]震災メモリアルパーク。[[浜手バイパス]]の奥に見える阪神高速神戸線も倒壊した。2004年2月撮影]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この大震災が大惨事となった大きな理由の一つに、近畿地方では外の地方に比べて地震の発生が少なかった事が挙げられる。地震の専門家の一部は、規模の小さい地震すら起こらないことで[[エネルギー]]（歪み）の蓄積が起こっていて、万が一にも地震が発生した場合には規模の大きなものになる危険性をはらんでいる事を指摘していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、「[[近畿地方]]は地震が少ない。仮に起こったとしてもそんなに大きな地震ではないだろう」といった“実体験”による認識（ただし、歴史文献を紐解けば、実際には近畿地方は度々巨大地震に襲われている。「[[地震の年表#日本|地震の年表]]」も参照されたい）から、「近畿地方では大きな地震は起こらない」とする誤まった認識の広まり、または、地震自体を意識することが少なく専門家の指摘を信用する人間も少なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、これまでの大地震の発生する構造については、[[太平洋プレート]]や[[フィリピン海プレート]]が[[日本海溝]]や[[南海トラフ]]において[[ユーラシアプレート]]の下に滑り込み、その[[プレート]]の跳ね返りにより発生するもの（海溝型地震）ばかりが注目されて[[活断層]]のずれによる大地震の発生はさほど注目されていなかった。実際に、これらのプレートの境界の近くに位置する[[東海地方]]においては、大地震（[[東海地震]]、[[東南海地震]]など）の発生する可能性が最も高い地域として防災訓練や建造物の補強など徹底した対策が取られてきた。その一方で、近畿地方では無警戒に近い状態であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[北海道]]、[[東北地方]]、[[北陸地方]]などの[[豪雪地帯|雪国]]であれば、地震の多発地帯以外でも、「'''[[雪]]'''」という重量物が屋根の上に積み重なる前提で家屋が建てられるために、結果的に「地震」など揺れにも強い構造となることがいわれている。ただし、[[新潟県中越地震]]において豪雪地帯の建物が少なからず倒壊・損壊した事で、[[耐雪構造]]と耐震構造を分けて考える必要性が指摘されるようになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべてではないが、その後のビルディングも含めた物件を建築や補修する際には、阪神・淡路大震災における被害を教訓とした上で最低限度の耐震性を考慮した構造に変わっていっている。また、前述の「高架構造になっている高速道路や一般道路、鉄道などの橋脚」の構造上の脆弱さが指摘され、順次、行政主導のもとで補強工事が施工されていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この地震の原因である活断層は全国に広く分布してはいるが、現在においても、大地震を正確かつ厳密に予知することは不可能であり、「活断層上の建造物の耐震性」「地盤の強弱」を前提とした補修、建築であっても、地震発生の際の被害予測は非常に難しい。また、「地震に起因する火災（特にもらい火）」などは、多くの[[火災保険]]では填補除外条項とされているケースが多く、採算性の問題も含めて改善が進んでいない。そのため、この震災を機会に[[地震保険]]への注目が集まるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういった諸問題も含めてこの「大震災」は日本の災害対策上重要な位置を占めている。地震の少ない地方であったとはいえ、「地震国日本」において、こういった人命や建造物を問わずに甚大な被害を受けたこと自体が、世界中に衝撃を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上の教訓を踏まえて、兵庫県は、神戸市中央区に[[人と防災未来センター]]を建設した。なお、新潟県中越地震による[[新潟県]]への別館建設も検討中である。また、震災の記録を残すため、津名郡北淡町（現在の[[淡路市]]北部）には兵庫県南部地震の震源となった[[野島断層]]を保存する[[北淡震災記念公園]]が、神戸市中央区の[[メリケンパーク]]には崩壊した[[メリケン波止場]]を保存する[[神戸港震災メモリアルパーク]]が整備された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 救助活動 ==&lt;br /&gt;
地震発生後、消防・警察・自衛隊などの各組織は救助活動に入っている。[[消防庁]]が調整を行って全国から消防部隊が現地に送られていたが、交通渋滞に巻き込まれずに到着したものはほとんどなかった。現地消防、警察においては、自身が被害を受けていることもあり、初期における救助活動は円滑とはいえなかった。このほか、淡路島においては、[[消防団]]および近隣住民が中心となった救助活動が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自衛隊については、[[伊丹駅 (阪急)|伊丹駅]]へ[[災害派遣|近傍派遣]]を行った[[第36普通科連隊]]を除き、神戸市中心部への[[災害派遣]]は直ちにはなされなかった。[[第36普通科連隊]]は「近傍派遣」（自衛隊法第八十三条三項）で出動したが、他の部隊は知事の要請（自衛隊法第八十三条一項）を待って待機していた。[[貝原俊民]]・兵庫県知事（当時）からの災害派遣要請はすぐに行われなかったが、これは自衛隊へ提供できるだけの情報収集も侭ならなかったこと、自衛隊への連絡手段が欠しかったことが理由と言われている。（なお知事から自衛隊への情報提供は災害派遣要請時に自衛隊法第百六条により規定されている）派遣要請は野口一行・兵庫県消防交通安全課課長補佐（当時）が地震発生から4時間後に、知事へは事後承諾という形で行った。（なお阪神・淡路大震災以後は、緊急を要する場合に都道府県知事以外に市町村長または警察署長などから自衛隊の災害派遣要請が行えるようになった）また、神戸市担当の部隊が[[姫路市]]の[[第3特科隊|第3特科連隊]]であり、神戸市まで距離があったことが、自衛隊の現地到着が遅れたことの原因の一つとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、官邸をはじめとする政府、国の機関も被害地域の惨状を把握するのにテレビ・ラジオが最大の情報源であったため、[[村山富市]][[総理大臣]]（[[日本社会党]]）、[[玉沢徳一郎]][[防衛庁]]長官（[[自由民主党]]）、[[小沢潔]][[国土庁]]長官（自由民主党）らの大規模派遣がなかなか示されなかった事から対応が後手に回った。「官邸をはじめとする政府、国の機関はもとより、地元の行政機関、防災関連機関にとってもテレビ・ラジオが最大の情報源であった。国土庁が独自に情報収集手段を持たず、また関係省庁からの情報の集約を十分に行えなかったことから 、情報が官邸に十分伝わらなかったという制度上の問題点が指摘された。」（阪神・淡路大震災教訓情報資料集『内閣府・（財）ひょうご震災記念21世紀研究機構』） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
村山首相はなぜ自衛隊派遣が遅れたのかを衆議院本会議で問われて「なにぶんにも初めてのことですので」と答弁。この村山内閣の対応の遅れは国民から強い批判を浴びて内閣の支持率低下につながった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出動した自衛隊も、交通渋滞や被災者がひしめく中で部隊の移動・集結・宿営地の造営に手間取り、大規模な災害派遣部隊が現地に展開されて救助活動を開始するまでに3日間を要した（政治判断に3日を要したわけではない）。最も早く救援体制を敷いた米海軍第七艦隊（横須賀）が、「艦艇を神戸港に入港させてのヘリコプターによる負傷者の救援」を政府に申し入れたところ、神戸市の受け入れ体制の未整備、政治的理由、接岸施設の被災による危険性などの要因で拒否する事態を発生することとなった。しかし、この対応が特別であったわけではなく、当初から、各国からの支援の申し出にも政府として対応できていなかった。&lt;br /&gt;
それは、やはり日本が地震多発地帯であるにもかかわらず、前述の被害地域の惨状を把握する手段が十分に講じられていなかったことをはじめとする危機管理体制の欠如。平時のタテ割り行政の弊害がすべてにおいて噴き出した結果であるともいえよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県からの自衛隊への災害派遣要請が発生後4時間以上も後であったことは前述のとおりであるが、県知事からの派遣要請がなされていない事を知った[[高見裕一]]（[[新党さきがけ]]議員）が、携帯電話で東京の議員会館にいる秘書を通じて、防衛庁に緊急要請を行なった際も、東京では“大げさだ”、非公式、未確認情報との認識しかされていなかった（『官邸応答せよ』）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他方、[[ダイエー]]や[[セブンイレブン]]などの企業は、地震発生3時間以内に救援物資（食料）のヘリ空輸を開始するなど、非常に早い対応を見せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 震災の影響 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--[[画像:Yuki jizou kobe 20050117.jpg|frame|right|毎年1月17日、神戸市役所横の東遊園地では雪地蔵にロウソクを供え手を合わせる姿がある。]]--&amp;gt;&lt;br /&gt;
被災地域の住民やその出身者の間では、震災から12年を経ても、単に、「地震」「震災」と言えば阪神・淡路大震災のことを指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 救助組織 ===&lt;br /&gt;
この災害によって消防・レスキューの得た経験は、[[緊急消防援助隊]]や[[広域緊急援助隊]]の制度発足と整備につながる。後の、新潟県中越地震（[[2004年]]10月23日）や[[JR福知山線脱線事故]]（2005年4月）においても大きく貢献することとなった。また、1995年3月の[[地下鉄サリン事件]]と合わせ、[[自衛隊]]の災害援助の意味での機能が注目され、国民の自衛隊に対する好感が、震災以前と比べて格段に大きくなり、自衛隊が必要であるという世論も大きくなった。&lt;br /&gt;
一方で、災害援助では装備や組織の問題で充分に機能し得ないので「必要な組織は、装備のほとんどが武器・兵器の自衛隊ではなく災害救助隊だ」という意見や、「蓋然性の低い大災害に対応する官僚組織を戦争・災害の別建てで設立するのは予算の無駄であるので自衛隊の災害救助装備機能をもっと充実させるべきだ」という意見も出されている。&amp;lt;!--また、2007年1月、[[社民党]]の[[阿部知子]][[衆議院議員]]が、[[メールマガジン]]にて自衛隊の活動の遅れを避難する趣旨の発言（「阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国による命令を受けて救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、警察予備隊として出発し、防災のたねにも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である」）を行った。しかし、当時の首相が阿部知子氏自身の所属する[[社会党]]（現：社民党）の村山富市であったため、この発言には批判も多い。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
兵庫県、神戸市が大地震時の危機管理対処規定を定めていれば命令権者の知事不在でも被害状況の確認と自衛隊への出動要請が「規定に従い、地震発生後4時間もかからず」なされたはずだし、規定策定の段階で「地震で消火水道が寸断されて消火不能に陥る」と言う致命的問題点も消防が指摘したはずであるが、兵庫県、神戸市とも大地震対処危機管理規定を定めていなかった。さらに、報道陣に怠慢を責められて「まさか関西で大地震が起こるとは思わなかった」という（「まさかの大災害」への平時からの準備が重要という危機管理の初歩を理解していない）釈明をしたために新聞等で批判された。（しかし、これは当時の自治省の指導にも不備があったうえ、現在においても自治体の防災規定に対する総務省の指導は不徹底で同様の事態が別の自治体で起こりうるとの指摘もある。さらに、多くの死者が出たにも関わらず地方・国[[官僚制]]内部での追跡調査と不作為責任の追及はうやむやにされて報道陣の前で頭を下げただけで終わっているとの指摘もある。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[竹下内閣]]からこの[[村山内閣]]まで、7人の総理大臣に仕えた元内閣官房副長官・[[石原信雄]]（現 官邸機能強化会議座長）は「前例のない未曾有の災害で、かつ法制度の未整備な状態では、村山以外のだれが内閣総理大臣であっても迅速な対応は不可能であった。」（『官かくあるべし―7人の首相に仕えて』）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
等々、を踏まえた丸12年を迎えた2007年の政府・[[官房長官]]の記者会見においても「多くの犠牲になられた方々に改めてご冥福をお祈りしたい。防災体制はあれ以来、強化を図っているが、改善に改善を重ねていかなければならない」と述べた。当時、大きな問題点として指摘された政府の危機管理体制については一定の改善が行われたとの認識を示したうえで「十分ということはないのでいつも反省をしながら改善していく」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政府による支援が遅れた一方で、神戸に総本部を置く日本最大の[[暴力団]]組織[[山口組]]、阪神地域で強い影響力を有する[[創価学会]]や[[パーフェクト リバティー教団|PL教団]]といった[[宗教団体]]等の組織が、食料や飲用水の供給・トイレ・風呂・避難場所の提供などの積極的な支援を行った。このため、[[フランス]]の有力紙は、「日本の支援体制は、政府よりも[[マフィア]]と[[カルト]]宗教（フランスの世論は創価学会に否定的である）の方が充実している」と、痛烈な記事を載せたりもした{{要出典}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自治体には、震災での建物の崩壊による圧死などの直接の死亡原因だけではなく、被災者が避難したあとの持病の悪化や停電による[[医療機器]]の停止による死亡などといった間接的な原因での死亡も関連死（認定死）として認定をするか審査する委員会が置かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 復興組織 ===&lt;br /&gt;
[[関東大震災]]が起こった際の[[帝都復興院]]に相当する組織として、2000年までの5年間、[[総理府]]に[[阪神・淡路復興対策本部]]が置かれた。[[戦災復興都市計画]]による[[土地区画整理事業]]が完了しようとしていた時期に震災が起こり、また戦災を免れたことで戦前からの老朽木造住宅が密集して残っていたエリアに特に甚大な被害が見られたため、神戸市は戦災復興の延長線として震災復興を捉えた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kobe-np.co.jp/sinsai/95kessan/950810kessan1.html 一卵性双生児／「戦後」と重なる神戸復興（神戸新聞）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。復興に当たっては、[[1976年]]10月29日に発生した[[酒田大火]]の復興事例が短期間での都市復興の事例として参考にされた。具体的には、（1） 単なる災害前の街への復旧ではなく、道路幅の拡幅など大掛かりに区画変更を行い、緑地を多く取って緩衝地帯を設定する事；（2） その実施に当たっては、単なる上意下達ではなくアウトラインのみを地元に提示して細部については地域住民の声を聞いて合意を形成をしながら、街全体を短期間のうちに、一気に防災型の都市に変える事といった内容であった。もっとも、震災直後間もない被害住民に対し区画整理等の話を持ち出すのはまだ癒えぬ傷に塩を塗る行為だと言うような感情的な反発も当時は見られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 避難生活 ===&lt;br /&gt;
家が全・半壊した住民は、学校や公共機関の建物に避難した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被災地の学校の多くは休校。被災者は、体育館・教室などで寝起きした。また、公園にテントを張ったり、自家用車で寝起きする人もいた。震災後、当初は、公的な避難所として学校等の公共施設を避難所として認めて食料・飲料水の配布がされていたが、その後、公園への避難者により形成されたテント村についても食料等の配布が行われるようになった。震災後、1ヶ月を経て仮設住宅が建設されて入居が始まった。しかし、その多くが被災地を離れた郊外や周辺の自治体に建設されたために避難所から仮設住宅への移行が進まなかった。学校等の避難所は、４月以降の授業開始にあわせて解消するために、都心部での仮設住宅の建設や学校等避難所から待機所への移行を促す措置がとられた他、復興支援住宅と呼ばれる恒久住宅の建設が兵庫県により行われた。また、民間の住宅を借り上げて被災した住人への提供などが行われた。これらの被災者向けの住宅の供給については、各市町村によって発行された[[罹災証明書]]が入居の根拠とされた。その証明を行うための調査が短期間のうちに少人数で行われたこともあってその精度の荒さが指摘されている。 &lt;br /&gt;
&amp;lt;!--食料、飲料水、トイレ問題、風邪、風呂ー銭湯・自衛隊風呂、仮設住宅、復興支援住宅--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 交通網 ===&lt;br /&gt;
==== 鉄道 ====&lt;br /&gt;
かつて、輸送シェアの大半を獲得していた[[阪急電鉄]]・阪神電気鉄道・[[山陽電気鉄道]]などが震災による甚大な被害を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]も同様の被害を受けているが、資本力の違いと、旧[[日本国有鉄道|国鉄]]線であったため[[線路 (鉄道)|線路]]脇に余裕があり作業が行いやすく、強固な[[JR|JRグループ]]の結束力で全国から応援を呼んだことから急速な復旧を遂げて最初に運行を再開した。[[複々線]]であった[[山陽本線]]（JR神戸線）は地震発生から74日後の1995年[[4月1日]]に[[複線]]での運転を行う方法で不通区間を解消、山陽新幹線も震災が起こった直後に橋脚が倒壊して[[新大阪駅]]と[[姫路駅]]の間が不通となっていたが、81日後の同年[[4月8日]]に不通区間を解消した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私鉄では、阪急電鉄が地震発生から約5ヶ月後（146日後）の同年[[6月12日]]、山陽電気鉄道が阪急電鉄の不通区間解消から6日後（地震発生から152日後）の同年[[6月18日]]、阪神電気鉄道が阪急電鉄の不通区間解消から2週間後（地震発生から160日後）の同年[[6月26日]]、そして阪急・阪神・山陽の各社が相互乗り入れする[[神戸高速鉄道]]は地震発生から約7ヶ月後（208日後）の同年[[8月13日]]に不通区間を解消した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
JR・私鉄など各社間で連携して行われたバスや他社鉄道線による代替輸送は不通区間の解消とともに順次終了された。4月の段階で最初に不通区間を全て解消したJRは、新年度の定期券発行でも優位な状況となり、結果利用者のシェアはJRへとシフトする形となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
復旧に至るまでの間、東海道本線と山陽本線を経由して九州へ向かう貨物列車は、[[福知山線]]～[[山陰本線]]～[[伯備線]]（[[山陰道]]）のルートを経由して大回りで貨物列車を運転した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東海道本線、山陽本線が分断されたために、電車車両をディーゼル機関車を使って当時は電化されていなかった[[加古川線]]を通過、もしくは、[[播但線]]・山陰本線を経由して[[福知山駅]]まで回送した。新幹線は、JR東海、JR西日本ともに車両が他社区間に閉じ込められたために復旧するまでお互いの車両を使用することとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 道路 ====&lt;br /&gt;
道路でも、[[中国自動車道]]や国道43号・国道2号は、復旧のための車線規制による渋滞が起こり、特に、高架が崩落した阪神高速道路神戸線（[[第二神明道路|第二神明]]や[[姫路バイパス]]なども通じて、[[大阪市|大阪]]～[[姫路市|姫路]]間の連絡道路となっている。）は、ながらくの間不通となった。このため、復旧までの期間には、[[国道372号]]や[[国道27号]]に長距離トラックや長距離バスが殺到した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国自動車道では、[[吹田ジャンクション|吹田JCT]]と[[西宮北インターチェンジ|西宮北IC]]の間が不通となった。このことから、近畿地方内で[[京阪神]]を経由せずに、[[亀山市|亀山]]（[[東海道]]沿線）や[[米原市|米原]]（[[中山道]]沿線）から姫路（[[山陽道]]沿線）まで行くには、[[北近畿#「迂回路」としての北近畿|北近畿]]の[[敦賀市|敦賀]]から[[和田山町|和田山]]までを通らなければ迂回できないということが指摘されている。また、近年、論議がかまびすしい[[道州制]]においても、この北近畿迂回路の存在から「地域的・交通的問題を解決するには、交通的一体性を重視した枠組みにすべきだ」という意見がだされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道・ネット ===&lt;br /&gt;
この震災は報道に大きく取り上げられて地震発生後約3日間、テレビ・ラジオはほぼ全てのチャンネルが、24時間震災関連の[[特別番組]]となり、コマーシャルも殆ど放送されなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[近畿広域圏]]では、地震発生から数日は完全にCM枠を抜いてその時間にライフライン情報を放送した。特に、[[独立UHF放送局]]である[[サンテレビジョン]]は、1月17日から[[1月22日]]まで106時間28分も、[[独立ラジオ局]]である[[AM KOBE]]（現在のラジオ関西）は、1月17日から[[1月20日]]まで69時間も、独立FM局の[[Kiss-FM KOBE]]は、1月17日から3月ごろまでCMを抜いて震災放送を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大阪では、[[緊急警報放送|緊急警報信号]]を発信した模様だが、津波は発生していないので、当時の大阪府知事からの要請で発信した模様だと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[NHK教育テレビジョン]]と[[NHK-FM放送]]では、数日間に渡って（特に、近畿向けには136時間の連続放送を含む。）被災地域の視聴者に向けた[[安否情報|安否確認情報放送]]が初めて適用された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿広域圏では、約7日後から一部通常番組を流し始めたが、お笑いなどの娯楽番組は差し控えられた。例外として、発生3日後の1月20日の夜に、「[[探偵!ナイトスクープ]]」が放送された（→[[探偵!ナイトスクープ#その他|その他]]）。また、「[[鶴瓶上岡パペポTV]]」では、震災の翌週の放送で、通常の客席を入れたトークではなく、[[笑福亭鶴瓶]]と[[上岡龍太郎]]による、震災をテーマにした雑談を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、全国区を取り仕切る関東広域圏の対応は、上記の時間が過ぎてから通常の放送体制に戻っていたが当面多くの[[生放送]]の[[バラエティ番組]]では被災者へのエールや義援金の呼びかけなどを行っていた。また、地震関連情報は全国放送から近畿広域圏のみに次第に絞られていきこれが物議を醸した。特に、約2ヶ月後の地下鉄サリン事件が発生してからはこの傾向は顕著となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
震災当時、[[日本のインターネット]]において商用利用、個人利用はまだ始まったばかりであったが、[[パソコン通信]]ネットワーク（「[[ニフティサーブ|NIFTY-Serve]]」（現[[ニフティ|@nifty]]）など）の掲示板や電子会議室が、被災者情報や大学の休講状況などの情報交換に役立つ。以後、[[コンピュータ・ネットワーク]]の商用利用、個人利用に、マニア以外からも目が向けられるようになっていくこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人口 ===&lt;br /&gt;
神戸市全体としての[[人口]]は、2004年11月には震災前の人口に戻っているが、中央区より西側の兵庫区・長田区・須磨区・[[垂水区]]では、[[社会の高齢化]]・[[少子化]]（少子高齢化）の影響もあって人口が震災前の水準に戻らずに減少に転じる区もでている。特に、長田区おいては深刻な状況となっている。一方で、同市中央区・灘区・東灘区では、利便性の高さから工場跡地などでの[[再開発]]により分譲マンションの建設ラッシュが起こっていて西宮市にかけての地域で[[小学校]]の供給が追いつかなくなってきている。実際に、一部の学校では[[プレハブ|プレハブ構造]]の仮設校舎で対処しているところもでてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 文化・スポーツ ===&lt;br /&gt;
[[宝塚歌劇団]]の本拠地・[[宝塚大劇場]]も大きな被害を受けた。およそ、2ヶ月半の間公演不能の状態になり、[[安寿ミラ]]の退団公演を上演していたが公演中止を余儀なくされた。&lt;br /&gt;
3月に「[[国境のない地図]]」で公演を再開。[[神戸国際会館]]も全壊して予定されていた公演が中止や会場を移しての公演になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この大震災は関西のスポーツ界にも多大な影響をだしている。[[阪神競馬場]]や[[阪神甲子園球場]]の一部が損壊。そして、この年の「[[大阪国際女子マラソン]]」も中止を余儀なくされた。また、4月に[[岡山国際サーキット]]で開催予定であった[[フォーミュラ1|F1]][[パシフィックグランプリ (4輪)|パシフィックグランプリ]]も10月に延期された。[[鈴鹿サーキット]]での[[日本グランプリ (4輪)|日本グランプリ]]との連続開催が緊急に実現した事によってF1グランプリの「[[日本シリーズ]]」が実現した。さらにこの年に予定されていた[[ゆうあいピック]]兵庫・神戸大会も中止になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
甲子園球場で行われる[[第67回選抜高等学校野球大会]]は「中止すべき」という意見もあったが、予定通りに実施された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== デパート ===&lt;br /&gt;
[[そごう]]神戸店も本館が半壊して部分の解体撤去（この撤去した部分が現在のサンファーレ広場となっている）を含めた復旧工事の末1996年4月28日に全館オープンした（新館と本館地階はそれ以前から再開していた）。また、[[大丸]]神戸店は、本館の3階部分が倒壊したために取り壊しを行い、建替えての再建。西館についても全面改装を施して1997年3月に復興グランドオープンした。一方で、[[阪急百貨店|三宮阪急]]は、入居していた[[神戸阪急ビル]]東館がほぼ全壊して震災5日後に閉店に追い込まれたのち、ついに再開されることはなかった。ただし、震災前の1992年に[[神戸ハーバーランド]]に神戸阪急が開店している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
同震災で被災者らが避難生活中にどこでも使えるカセット式の[[ガスコンロ]]を調理などに利用していたが、当時のカセットコンロは燃料用ボンベが各社独自方式であったために被災者間で燃料ボンベの貸し借りができずにメーカー側に疑問が呈された。このために、各社ごと規格からメーカーが違っていても同じ規格のガスボンベが利用できる様に改められている。今日では燃料用ボンベを専門に扱うメーカーも登場していてカートリッジ式のボンベは普通サイズと小型サイズの二種類のみ（キャンプ用フィールドクッカーを除く）となってどこのメーカーのボンベでも問題無く利用できるようになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--下記読売新聞報道により事実と確認されました。&lt;br /&gt;
倒壊したプラモデル店から大量のモデルガンが発見されてこれが本物の拳銃と誤報され不安を呼んだ。また、古い家の屋根裏から、旧日本軍の武器・弾薬が発見される例も合った（銃刀法に照らして放棄・破壊するのが適切であるが形見の品であったり忘れ去られるなどして保管されている場合も多い）。地震後の混乱でこういった話に尾ひれがついて、テロ組織の存在などが噂されて不安を煽っていたそのような事実は確認されていない。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メディア等における問題 ==&lt;br /&gt;
一方、[[マスメディア]]他で略称として「阪神大震災」と報じていたことに疑問を持つ被災者もいる。大都市・大工業地帯・観光都市の一つである神戸・阪神地区だけが壊滅的な被害を受けた様に表現されて同様に甚大な被害をうけた淡路島北部や[[明石市]]などが考慮されていないからである。そのために、「阪神・淡路大震災」と呼ばれるようになってはいるが、明石市についてもこの表現では含まれていないために同市の広報資料などでは「兵庫県南部地震」を震災の呼称としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、大阪にはそれほど大きな被害が生じていないにもかかわらず、「阪」の文字が入っているのは、兵庫県内における地域区分である「阪神」間（灘区・東灘区・芦屋市・尼崎市・西宮市近辺）における被害が甚大であったためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、'''報道倫理'''に関わる問題として過剰な取材活動が挙げられる。今回においても、地震発生直後のマスメディア各社が[[航空取材活動]]を開始しているが、この取材活動における[[ヘリコプター]]による[[騒音]]により家屋の下敷きとなった被災者の声を聞き取れずに救助隊の初期活動の大きな妨げとなっている。1995年2月7日に[[衆議院]][[地方行政委員会]]でこの問題が取り上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、一部の報道陣が被災者のための炊き出しを取材のためと称して食したり、夜明け前の避難所内の模様を撮影用の照明で明るくしたりしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の[[日本銀行]]神戸支店長であった[[遠藤勝裕]]氏が[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の[[日本のよふけ]]（2001年10月7日放送）において語ったところによると、定例記者会見で神戸が壊滅してしまったかのようなマスメディアの報道ぶりを批判し、「神戸には生き残った市民が沢山いる。市民が生きている限り、神戸は悲惨ではあるが壊滅はしていない」と発言していたが無視され、一切報道される事はなかった。遠藤氏は「日銀の支店長がこういう事を言ったと報道してくれれば、少しでも被災者を勇気づけられたのに残念だ」と語っていた。購買力のない焼け出された被災者を相手にせず、周辺の無事な人に向けて新聞・雑誌を売ろうとするマスコミの一面が伺える。過剰な取材活動の問題と併せて購買者である一般市民が留意すべき点であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Fire char kobe 2005.0117.jpg|thumb|right|200px]]&lt;br /&gt;
[[画像:1・17希望の灯り.jpg|thumb|right|1.17希望の灯り（東遊園地）]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 追悼行事 ==&lt;br /&gt;
毎年1月17日は、[[東遊園地]]などの広場・協会などにおいて式典が行われている。発生時刻の午前5時46分と12時間後の午後5時46分に黙祷を行う。[[三宮]]にある東遊園地では広場に6000本の灯篭で模った「1.17」を北側の市役所庁舎を正面に掲示される。また、この灯篭が消えた場合は、式典開催者は手をつけずに訪れた人々にろうそくを渡して点火してもらっている。灯篭は毎年若干の違いがあるものの5時から21時まで点火されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また1995年より毎年12月に、鎮魂と追悼・街の復興を祈願して[[神戸ルミナリエ]]が開催されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
被災地が即急に復興できたのは多くの支援者・ボランティアのおかげであったために、被災者は今も支援者に感謝の気持ちを声明や催し物で示している。また、神戸市はこの支援活動の教訓や当時の恩返しの意味をこめて新潟県中越地震や[[スマトラ島沖地震]]の時はどこよりも人材、資材などの援助を行ってきている。また、防災事業では、現在においてもこの震災を例に挙げられることが多く防災事業の原点となりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 震災の反省 ==&lt;br /&gt;
耐震性のないほとんどの建造物で被害が発生したのを受けて消防庁では公共施設の耐震改修を指導している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、「阪神・淡路大震災」の起こった兵庫県でさえ公共施設の耐震化率は48.3%にとどまっている。東京78.1%（消防庁 2003、各都道府県耐震改修状況）に比べて耐震化は遅れている。さらに、民間の会社施設・マンションにおいての耐震化率はきわめて低いのが現状である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もっとも深刻なのは、大震災で死者のほとんどを出した、地震に弱い老朽木造住宅が日本に1000万戸あるといわれていることである。耐震化率は現状では低い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 宏観異常現象 ==&lt;br /&gt;
地震の数日前から、直前に至るまでの間に、関西地方を中心として様々な異常現象が見られたという一部の人からの報告がある。いわゆる、「地震雲」をはじめとして、謎の夜間発光現象の目撃情報、ミミズや昆虫の異常大量発生、動物の異常な行動、携帯電話などの電波を用いる機器の異常、太陽・月の光などの異常などである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらは、[[宏観異常現象]]として将来の地震予知に役立つのではないかと考えられている。それらの証言・情報を収集し研究する[[研究者]]もいるものの、ほとんどの地震研究者からは検証不足などを指摘されて未だに、[[疑似科学]]程度に過ぎないとみなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、地震の1ヶ月ほど前から地下水の[[ラドン]]濃度の異常については記録が残っている。これらから、地震予知が出来るのではないかとして研究が続けられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
=== 事象 ===&lt;br /&gt;
* [[野島断層]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 救助 ===&lt;br /&gt;
* [[広域緊急援助隊]]&lt;br /&gt;
* [[緊急消防援助隊]]&lt;br /&gt;
* [[災害救助犬]]&lt;br /&gt;
* [[激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送・キャンペーン ===&lt;br /&gt;
* [[臨時災害放送局]]&lt;br /&gt;
* [[FM796 フェニックス]]（災害情報ラジオ局）&lt;br /&gt;
* [[ネットワーク1・17]]（[[毎日放送]]ラジオの震災情報番組）&lt;br /&gt;
* [[ラジオ災害情報交差点]]（在京ラジオ7局共同製作による災害情報番組）&lt;br /&gt;
* [[阪神・淡路大震災10周年「いのちを守るためにキャンペーン」]]（NHKの震災10周年キャンペーン）&lt;br /&gt;
* [[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ≪現：オリックス・バファローズ≫]]（がんばろう神戸）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 追悼・モニュメント ===&lt;br /&gt;
* [[神戸ルミナリエ]]&lt;br /&gt;
* [[インフィオラータ神戸]]&lt;br /&gt;
* [[ポンテ・ペルレ]]&lt;br /&gt;
* [[東遊園地]]（1.17希望の灯り）&lt;br /&gt;
* [[神戸港震災メモリアルパーク]]&lt;br /&gt;
* [[神戸学院大学#シンボル|神戸学院大学 大時計]]（震災で損傷した[[明石市立天文科学館]]大時計）&lt;br /&gt;
* [[弓弦羽神社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[孤独死]] &lt;br /&gt;
* [[地震の年表]]&lt;br /&gt;
* [[震災復興再開発事業]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.hemri21.jp/hanshin_awaji/kyoukun/index.html 阪神・淡路大震災教訓情報資料集（内閣府）]&lt;br /&gt;
* [http://sinsai.fdma.go.jp/ 阪神・淡路大震災関連情報データベース]&lt;br /&gt;
* [http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/ 神戸大学附属図書館震災文庫]&lt;br /&gt;
* [http://www.dri.ne.jp/ 人と防災未来センター]&lt;br /&gt;
* [http://www.nojima-danso.co.jp/memorial/index.html 野島断層保存～北淡震災記念公園]&lt;br /&gt;
* [http://www.19950117hyogo.jp/default.htm 阪神・淡路大震災10周年事業（兵庫県）]&lt;br /&gt;
* [http://www.kobe-np.co.jp/sinsai/index.html 神戸新聞 阪神・淡路大震災特集]&lt;br /&gt;
* [http://jocr.jp/sinssai/sinsai0.html AMK・AM KOBE（現在のCRK・ラジオ関西）震災報道の記録]&lt;br /&gt;
* [http://www.sun-tv.co.jp/hd/hd-eq100.html サンテレビ 震災報道の記録]&lt;br /&gt;
* [http://www.pure.ne.jp/~ngo/terakoya/2001shiminbo/04saegusa.html 阪神・淡路大震災 メディアからの証言]&lt;br /&gt;
* [http://homepage3.nifty.com/yoneta/html/shinsai.html 阪神大震災の記憶]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--著作権に疑問のためコメントアウト&lt;br /&gt;
* [http://www2g.biglobe.ne.jp/~aviation/hanshin.html 航空の現代：阪神大震災]--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [http://www.hiroi.isics.u-tokyo.ac.jp/index-iinkai-sinsai_kensho_teigen-theme.htm 被災地自治体・ライフライン・マスコミ関係者による災害時報道の検証]&lt;br /&gt;
* [http://mazba.com/shinsai/s_top.html 松葉博雄の社長研究室「神戸大震災復興奮闘物語」]&lt;br /&gt;
*[http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou/021124ke84630.html 男子も「さん」で... 「君」廃止、学校で広がる] - 兵庫県[[たつの市]]（旧揖保川町）の小学校で始まった取り組み。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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